9月
12
2011

息子に身につけて欲しいもの

息子に危機感だけを煽ってもしょうがないので、どうすればいいかということも言っておかないと。
(文句はいうけれど代替案がないと、意見とはいえないからね)
自分が10代、20代のときはどうだったかを思い出してみると、やりたいことが多すぎて不完全燃焼だった。

10代の最初の頃は世間から「こうでなくてはいけない」というようなことを押し付けられていたような感じがしていたが、大学に入った頃からいろいろなものに触れると「知らない」ことがたくさんあったし「楽しい」ことがたくさんあった。

いろいろなことを試して欲しいし、身につけ欲しいと思う。
自分が大切なものとしては以下の2つだ。同じものを身につけて欲しいと願うものの、生きるすべだった別の何かだって構わない。
逆に言えば、他のものはこの2つに比べると優先的ではないので、ある意味捨ててしまったといってもいい。

・オリジナリティ

息子には、何でもいいからおもいっきり何かに飛び込んでもらいたい、それだけかな。その何かが成功するかどうかはわからない。後で後悔することになるかもしれない。でも、どうせ中途半端で生きていくのも大変な時代になってきたので、何かを貫き通す方がいいのではと思う。

まだ私のわかいときは、グローバル化の直前といえるもので、海外に比べて高水準の収入と生活が保証されていた時代だった。今や中国・インド他の国と混じってフラットな戦いにある。日本人が優れているところ、細かい点でいろいろあるだろうが、「日本語ができる」のが逆説的ではあるが正しい(無条件にアメリカ人やイギリス人が優れているところも、英語ができることと言ってもいい)。当時でも、発展途上国と呼ばれた国でも優秀な人はたくさんいて、たまたま環境に報われなかったぐらいだ。

インターネットで競争が簡単にできるので、もはやオリジナリティを追求して、それにお金を払ってくれるお客さんがどのくらいいるかなのではと思う。それ以外は、値段に差をつけることが難しい。値段をつければ低いところに流れていく。

付け焼刃的なものやすぐ真似をされているものでは命は短く、価値のあるようなものを出していかないとだめだろう。価値があるかどうかは、自分で判断できるものではなく、時が味方したり、運がよいだけであるので、わからない。そもそも何をもって成功か?お金を得ることか、貫き通すことか、芸を磨くことか、その判断は個人の価値観だ。世間など期待してなくもいい。

・若さ

若さは当たり前のように思うかもしれないが、当たり前じゃない。
常識を疑うとか、勢いとか、一般に若さがもつ無謀さのようなものだ。

世の中の摂理があって、それに対抗することができるのは無謀だけのような気がする。
革命だって世間の常識に対しての無謀だ。常識的に考えれば、大勢に流されていれば楽でそこそこいけるのに、あえて命をかけてでも覆していく。そんなことができるのは、若さしかない。
結婚して家庭ができると、昔は一家処刑になってしまうこともあったし、現代でも一家離散崩壊してしまうことも考えれば、そういうことに二の足を踏んでしまうだろう。

明治維新前のときも、社会主義革命も、カストロやチェ・ゲバラも、そういえばリビアのカダフィも20代でやってきた。
そんな革命というのも、モノを知らない若者が、やっている最中に共感をたくさん得て協力者が増えて、結果的に成功したということだろう。

若いとき
・責任があまりない
・エネルギーがある
・体力がある
・あまり知らない
・無謀になれる
・染まっていない
・人生の残りを無限に感じる
・やりたいことがたくさんあると感じる
・時間が足りない
・いい女を探す

ただ30代に近くなると、結婚したり、仕事が中堅に入り、組織の中に属すようになる。そして、社会の歯車の一つとなり身動きができなくなるし、一方で安住してしまう。今の生活も悪くない、なんとかこの生き方を維持していこうと。

革命というのは起きないにしても、IT関連はドッグイヤーと言われるように時が非常に早く進む。
いつもエネルギッシュで変化に対応するというよりも、変化させていくという気持ちでいないと置いてきぼりを喰ってしまう。
陳腐なことだけやっていると、競争力が失われてしまう。

このスピード感は、たぶんムーアの法則にのっているものだろう。性能が18ヶ月ごとに倍になっていくというもので、停滞していればハードのコストも利益も1年半で半分以下になるというもの。ソフトやサービスの値段は人件費が大きく占めるのでそれほどでもないが、影響を受けているのだろう。

ムーアの法則は1週間に1%伸びていく加速度というもので、10日で1割という闇金ほどではないが、他の業界に比べると大きなプレッシャーを感じる。その勢いに応じて、Webを介して他の業界まで波及しているのも事実。

そんな状況についていけるのは、絶えず新しい知識を吸収して、応用して、ときには発信するような新陳代謝が求められる。

肉体的なものもあるが、精神的な若さなんだろう思われる。

そんなスピードが、ハードディスクやメモリーが増えていく様子のように、たいていは直線的な動きで予測がつく。ただときどき停滞してジャンプする。
DOSの世界だったのが、MacやWindowsのGUIをつくったり、iPhone/iPadのような全然違うものを作り出す

そのようにジャンプするような未来は、まったく見えない。

そんな世界にいるわれわれは安定していると思われる土台こそ安定していないので、そこに安住する安定こそリスクなるかもしれない。

唯一対抗できるのは、想像力。何も考えないより、予想が外れることを恐れずに予想する想像力だろう。

そんな力を、娘と息子には身につけて欲しいと思う。
(でも読み書きソロバンのような中学校程度の学力は軽くこなしていないとできないかも)

外挿法による未来予測なんて真面目な秀才に任しておけばいいから。

Written by in: 勝手な言い草 |

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