2月
18
2011

味覚

仕事場に新しいウォーターサーバーがやってきた。
新しい水はみんなおいしいと言う。
しかし、私はその違いは少しはわかるがあまり大した違いはないと思う。

私は料理を見ただけでだいたいどんな味がするかわかる。
世界中でいろいろなものを興味本位で食べたからだろう。だから大抵の味は見ただけで想像がつく。
だから実のところ、新しい味はあまり存在しないと思う。

多少の良い味やうまい味はわかるけれど、新しい発見はあまりない。

しかし、その新しいウォーターサーバーの水に感動している人がいる。
その味覚の差はひょっとしたら、私が感じる以上のものを感じているかもしれない。

味は甘い、辛い、しょっぱい、苦い、うまいの5つの味覚があるという。
うまいという味も、昆布のグルタミン酸かなんだっけかつおのような味などのタンパク質として3種類ぐらいにわかれるという。

料理の味は、その味のハーモニーからなる。

いわば、色は3原色からできていて、その組み合わせを感じることなんだろう。

色の種類はパソコンだと1600万色以上表現できるが、人間が見極めることができるのは数万色。
それ以上は視覚が感じることができないという。私は数千色あれば十分。

味覚も敏感な人は1万種類ぐらいに見極めることができるかもしれないが、私は数百種類あれば十分。

分類できるさなのかもしれない。

そもそも、分類しても新しい発見がなければ感動しないのかもしれない。

世界中の世界遺産や地域を見て1/4ぐらいは行っているかもしれないし、たとえ全てに行ったとしても今以上に新しい発見がないような気がする。

言葉を使って他の民族と会話をしたり、結婚をして異民族と交流したり、他の地域に住んで新しい生活習慣を求めても、、、そのときは新しい発見があったけれど、すでに予測範囲になってしまった。起業をして殻を破ろうとしても、成功していないとはいえ新しい発見も出尽くした感がある。

あとは、0から産み出してそれを育てていくことかもしれない。それは子どもかもしれないし、ソフトウェアなのかもしれない。
それとも別のものかもしれない。

と、水をおいしいと感じないのは味覚が欠陥なのか、感動しないせいなのか、思い悩んだ1日だった。

今日もソフトをつくるところで、2つの壁を乗り越えたので吉とする。

Written by in: 勝手な言い草 |

2 Comments »

  • のなか悟空 より:

    ども。
    ま、トシなんだわな。ワシもこのところ生きてて何も感動は無い。経験という知能でだいたいが予測できるからだろうね。元気で。

    • ohashi より:

      悟空さんコメントをありがとうございます。
      もういいトシだからでしたか。年をとって、もういつ死んでもいいやという気持ちがわかりました。
      こうなったら、もう寿命ですね。あとは好きなことが尽きるまで。悟空さんもお元気でいてください。


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