9月
26
2010

乗り越えなくてはいけない言葉

子どもを産んで育てるのは大変なわけですが、子どもに教えられることは多いです。

子どもに対して、躾を考えたり、話をするわけです。
子どもに説教をしようとすると、「そんなことお前言えるわけ?」と別の自分がすぐに言うので、あまり長いことべらべらといえません。
説教している内容も、100%正しいというわけでもないし、今は正しくても10年後はどうなっているかわかりません。

特に、「勉強すれば成功できるよ」という言葉は、今になってみれば100%正しくはないです。
しかし、「勉強しなければ、成功できないよ」というのは真実です。「勉強」というのは、学校で学ぶことだけではありません。
日常生活のこと、社会的な礼儀、仕事で覚えるマニュアルに書いてないこと、自分で磨いていく技なんていうのも、勉強です。
大学まで学んだことなんて、人生にとって半分も役に立ちませんよ。

私はコンピューター関係の仕事ですが、大学までの教育で学んだことはありません。ほとんど本や雑誌からの独学です。
それでも、学校で学ぶ基本的なことは大切です。それがないと、先を学ぶことはできません。ましてや独学はできません。
学校で学ばなくても自分でどこかで学ばないと先へすすめません。

人生においては、次の言葉を乗り越えるのが肝心です。

めんどうくさい
つまらない
きたない
がまん

これは息子がすぐ口に出して、そのことを避けることです。

宿題や勉強が面倒くさい。すこしやってもつまらない。掃除はきたない。少しやってつまらないと思うと、おもしろいものをさがす。

人は誰しも、そういったことは嫌ですよね。
好き好んでやる人はまずいません。
でも、それは人がやりたがらないことなので、お金になるのです。仕事になるのです。

めんどくさい、つまらない、きたない、がまんする仕事は、誰もやりたがりませんから、仕事になるのです。

家を借りるとき、駅から近い、環境、家賃、新しくて綺麗、広さというようないろいろな条件があります。
その条件をすべていいものをとると、とんでもなく高い家になります。
自分が支払える範囲内で、自分が大切にしたいものから優先順位をつけます。
あるいは、自分が気にならないものを除外します。

多少駅から遠くてもいいや、築20年以上経っていてもいいやというように、条件を緩くしていけば、安くなっていきます。

仕事も同じようなもので、面倒な仕事をすればお金を稼げます。汚い仕事をしてもいいです、長時間の仕事をしてもいいです、というのであれば、比較的楽に仕事をさがすことができます。

コンピューターの前に1日12時間以上座って、プログラミングをしていたり、変化の激しいWebプログラミングの知識を得て勉強を絶えずしていなくてはいけないのは、傍から見ると大変なようです。人との会話は減り、コンピューターと会話しているようで、非人間的になってしまうこともあります。

私にとっては、ほとんどこの生活スタイルは苦にはなりません。
もともと科学者を目指していたので、独学で学び、何時間も考え、孤独に耐えることは、普通の人よりは強いと思います。
いつの間にか、対象がプログラムを作ることになったのですが、全然苦にはなりません。
それよりも、現実生活との接点や、それを続けることでの現実とのギャップに悩むだけです。

ずっとバーチャルな世界にいたいのですが、お腹も空くし、眠くなるし、肉体がこちらの世界にいるのでしょうがないことでしょうけれど。

ただ共通して、上記の言葉を乗り越えなければ、大人になってはいけません。

というようなことだけ、娘や息子に伝えたい。
そして乗り越えたときに、次の世界が広がるような気がします。
人間生活の中で生きている限り、そういったルールを守らないと、世界中のどこでも排斥されてしまうと思います。

また夜なので勝手なことを言ってしまった。

Written by in: 勝手な言い草 |

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