8月
20
2010

Confort Zone – コンフォートゾーン

Confort Zone – コンフォートゾーン という言葉を知った。

毛利氏のブログから知った言葉であるが、同じようなことは前から思っていて適切な言葉がないかと思っていた。

コンフォートゾーンというのは、達成心理学者ブライアン・トレーシーが唱えた「慣性の法則に縛られた人」を指す言葉で、わかりやすく言えば、自分がいちばん快適な場所や居心地の良い立場のことを云います。

参考:
http://blog.livedoor.jp/mouritakanobu/archives/51674600.html
http://ameblo.jp/mouritakanobu/day-20070530.html

他にググッてみると、苫米地氏も紹介していた。

コンフォートゾーンとは、直訳した意味のとおり「心地よい空間」のこと。
これは物理的な空間に限ったことではなく、精神的な空間(抽象空間)も含まれます。
人間は自分がコンフォートゾーンの中、つまり心地よい空間にいるときは、高いパフォーマンスを発揮することができます。
逆にコンフォートゾーンを外れてしまうと、とたんにパフォーマンスが下がります。

人間の行動は感情に支配されていることが多いが、その多くはこれに当てはまるかもしれない。

居心地のよい場所が、今おかれている状態だと認識してしまうと、そこから変わるのが難しくなる。

収入が増えて快楽を自由に得られるような状態におかれると、それを安住の地だと思って、そこから逸脱するのが難しくなるかもしれない。
生活レベルが上がってしまうと、下げるのが難しいという状態だ。
年収2000万円以上の収入を得て、外食ばかりして、少しの移動でタクシーをすましている人が、自宅でわびしくラーメンですましどこにいくのも歩いたりする、遠距離は夜行バスで移動するというのは難しいのかもしれない。

それ以外に、自分が安住している常識や確信、考え方、自分を形作っているものが、長い間にコンフォートゾーンに陥っているといえよう。

営業は苦手だとか、人付き合いは苦手だとか、逆にプログラミングは得意だとか、、そういったものがコンフォートゾーンに陥ってしまって、自分を動けなくしている。

先日、同居人と「お金が10億円ぐらいあったら、どんな事業をしようか?」という話をした。
彼は「事業のために、人を雇って、いろいろな投資をする」

私は心の底を覗いたら、「もう働かなくてもいいかもしれないので、好きなプログラミングか本を読もう」と答えている自分に気づいた。

それはタイプの違いといえばそれまでかもしれないが、コンフォートゾーンに陥っている。

絶えず変化をしておかないと、公務員や大企業の社員のように何も変えたくないという状態になってしまう。老人もそうだ。
しかし、外部の環境はめまぐるしく変わっている。日本という国の壁の外では大きく変化しているし、その壁を通っているものも変わっている。変えたくないと思っていると、いつの間にか、、、、、、、、、気づくだろう。

そういえば、妻は安住のポジションを変えたくないような感じがする。
私がときどき名古屋に帰って妻や娘や息子に会うと、ほっとする。これはコンフォートゾーンなのかもしれない。
すごくリラックスできて楽しいのだが、、、、それに陥ってしまっては滅びるだけ。
今になって思うと、名古屋で独立を試みた5年はコンフォートゾーンに入っていたかもしれない。

たぶん、仕事としては名古屋には戻らない気がする。東京よりも、他の地を目指して絶えず不安定でいなければ。

Written by in: 勝手な言い草 |

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