7月
30
2010

般若心経

大きな仕事が一段落したので、ふと話題になった般若心経をあらためてみてみた。

仏説摩訶般若波羅蜜多心経
観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空
度一切苦厄 舎利子 色不異空 空不異色 色即是空
空即是色 受想行識亦復如是 舎利子 是諸法空相
不生不滅 不垢不浄 不増不減 是故空中
無色 無受想行識 無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法
無眼界 乃至無意識界 無無明亦 無無明尽
乃至無老死 亦無老死尽 無苦集滅道 無智亦無得
以無所得故 菩提薩埵 依般若波羅蜜多故
心無罣礙 無罣礙故 無有恐怖 遠離一切顛倒夢想
究竟涅槃 三世諸仏 依般若波羅蜜多故
得阿耨多羅三藐三菩提 故知般若波羅蜜多
是大神呪 是大明呪 是無上呪 是無等等呪
除一切苦 真実不虚 故説般若波羅蜜多呪
即説呪日 羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦
菩提薩婆訶 般若心経

この短い文章に宇宙の真理が全て含まれているという話を聞いて、初めて読んだのは21歳の頃だったか、多感な14歳の頃だったか覚えていない。

当時は逐語訳を読みながら読んだが、、、サンスクリット語の音を当てている部分と意味を訳したものが混ざっていて、さっぱり意に介さなかった。

あらためてこのページの意訳(http://www.e-sogi.com/arekore/kyo1.html)を読むと、「智慧の完成」と「悟り」についての概論が書かれているようです。

もとより、私たちは空な存在であり、空でありながら何か影響を与え、影響があるから存在を語ることができる。

物理学の素粒子論と仏教の心理は相通ずるものがあり、物質はそのものがエネルギーの存在であり、エネルギーが溜まって物質になっている。

悟りを得ようとか、何かが欲しいとか、満たされないとか、、いろいろ心を惑わすよりも、

私たちの存在が自然という大河の、一滴の水滴にすぎず、その水滴は自然の一部なんだということが再発見できました。

Written by in: 勝手な言い草 |

コメントはまだありません »


コメント&トラックバック




トラックバック URL

コメントのRSS feed