2月
27
2010

自由人に戻れそう

小さいときから少し普通の人からずれていて、将来はこんな俺でも普通に社会人になれるのかな?と思っていたのだが、どうも無理のようです。

もうすぐ45歳になるのですが、若いころの性分は変わりそうにありません。
変わろうと努力したのですがそれでは普通に就職して役に立てそうもありません。自分本来の「自由人」に戻るしかなさそうです。

ところで普通って、何でしょうか。
ずっと同じことを2度とやるのが好きではなく、スポーツもルールが一緒だから飽きてしまうし、「学校の先生になったら?」と親に言われても「毎年同じことを教えるのは…」大学の先生も、、人によっては同じことを教えているし。。

いろいろな刺激を受けて、、大学3年のときにふらりと出た中国への2ヶ月への旅行。これにどっぷりはまってしまいました。

言葉も違うし、生活も違う。やることなすこと全部わからない。ご飯食べるのも中国語で通じないながらなんとか話さなくてはいけないし、しかも食事のレパートリーが多くて今までにない味。見るものも発見の連続。

結局、しばらくして大学の勉強はなおざりにして、NTTの株を売って200万円以上を手にして世界放浪。

1年で60万円だけで、世界中で行ったことのないところや食べたことのないものを味わえる。。。これで一生飽きることはないや。

しかし、、、甘くはなかった。半年で飽きてしまった。
ほとんどの料理の味が想像できてしまって、ほとんどの観光資源や人々にも慣れた。言葉はわからないけれど、わからないなりに何とかする方法が分かった気がする。

それだけじゃなくて、大学でも専門の数学に飽きてしまったけれど、ちゃんと人工知能関連や認知科学、コンピューターサイエンスを独学で勉強していたよ。

ただ表面的なものはもう飽きてしまって、もっと深く理解していかねばならない。また自分で創り上げていかないと思った。

会社に入ったら「自由人」といういわれ方をしたっけ。

立身出世をしたいとも、お金が欲しいとも思わない。それよりも、楽しいことやウキウキすることを続けたい。もしできれば自分で楽しいことを作っていきたい。そのためには、社会的なしがらみやキャリアなんて気にしない。

ひょんなことで、妻と知り合い結婚してしまいました。
おかげさまでもうすぐ16年になるが、多少の喧嘩はあってもうまくいっている。
家庭を支えてくれ、娘や息子にとって良い母親でもあり、一緒にいるだけで幸せを与えてくれる女性である。

だけどその幸福感が現状から逃れられないものになり、個人的には満足してしまって何もできなくなってしまう。家庭が甘いものであればあるほど、自分に甘くなってしまう。

そして本来の「自由人」になっていない気がする。

いま、夜行バスで窮屈な4人がけの席に乗り、泊まりはカプセルホテルに泊まり、2、3泊して往復で1万円ほどの安い出張を繰り返している。身体はきつくて、寝不足の状態、背中などあちこちが痛い。

でも、東京で仕事をしているときは、家庭を離れることができて自由になることができる。妻へは朝と夜は必ず電話をするけれど、家庭の雑事やテレビ、その他のことは完全に忘れることができる。

家庭や子どものことは妻に任せっ切りというのも気が引けてしまうけれど、どうも東京に出稼ぎにいかないと収入は安定しそうもない。その家庭としては最後の決断であるけれど、かえって自由にやれるという点では今のところ良い方向へ向っている気がする。

一度、仕事に取り組み始めたら集中してできる。
東京へ行ったり名古屋にいたり、またいろいろなところで出かけるので程よく刺激を受けることができる。
なぜか回りにいる人は、コンピューター関係やビジネス関連の雰囲気でないので、まったく異なる視点があり、良い刺激をうける。

ほどよい刺激のおかげで、だんだんと調子を戻してきた。
まだまだ20代のときの冴えがあるときまでは戻っていないけれど、この調子でいけばいい結果を出せるような気がする。未踏のときもこんな状態だったらよかったのに。結局一人で閉じこもっていても結果を出せないことがよくわかった。刺激の中で活性化されていかないと、暗い澱みのなかで沈んでしまう。

あと10年こういった生活を続けるのか、身体に鞭打って続けることができるのか?ということは正直不安だ。だけど今日がなければ、明日はない。できることをいまやって、なんとか娘と息子が成長するまでの10年くらい、学費と生活費は稼いでいかないとね。

とりあえず自由人への一歩が進めた。
そんな気がする。

Written by in: 勝手な言い草 |

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