2月
22
2010

[本]鬼丸昌也さんの挑戦 テラ・ルネッサンス 2

この本の冒頭に出てくる女性のように、家族が惨殺され、孤児になり、ストリートチルドレンとして生きているという例が世界中にある。

その原因は、欧米が植民地として支配したときに、支配者側に反発させないような政策をとったこと。
一部の少数民族を支配者側にして、支配される側はその少数民族に対して反発させるような政策をとり、こっそり気づかないように略奪し続けた。

1960年からアフリカは独立してきたが、その支配者層が支配することになったが、民族的な争いが絶えない。いまだに内乱状態の国は多い。資源があると悲惨で、シエラレオネやコンゴでは資源と引換に武器を買い与え、内乱に拍車をかける。

もともと、国として統一した大きな概念のないところでは、親族や親戚、近所がひとつの集団で、言葉や生活習慣が違えば敵となりやすい。日本でもそんな状態が長くつづいていたが、標準語が作られて人々の交流が普通になると日本という1つの集団になった。そうやって1つになっても、考え方や宗教によって殺し合うことはなくても、争いは絶えることがない。それは人のサガだろうか。

話の腰を折ってしまったが、冒頭の女性は両親や親族が殺されてストリートチルドレンになりながらも、能力があったせいかもしれないが運良く生き抜いてテラ・ルネッサンスと知り合い普通の生活を取り戻しつつある女性である。

日本人からすれば、最低限の生活ができていないということにおどろくだろうが、、それは現地では普通のこと。
隣人を殺し合ったり、犯して妊娠させたりというのは、毎日のようにしょっちゅうあるわけではないが、よく聞く話。
妻の諸国であるフィリピンはアフリカよりもましかもしれないが、私の義理のおじさんも数年前に近所の人にナタで殺されたし、義理の弟が強盗犯として冤罪になりそうになった。

かつて旅行者としてフィリピンを始めとする人たちと友達になったときは他人事だったのだが、親族としてお金の問題を始め殺人や犯罪に巻き込まれると、少し違う思いを感じる。

外国にあるNGOやNPOの実態を少し知っているだけに、実はテラ・ルネッサンスのようなNPO団体は拍手喝采でがんばれトいう気にはなれない。いろいろな人が寄付したお金で、現地でいう豪邸に住んだり、運転手付きの車に乗ったりする。日本での生活と同じ条件、それどころか月給10万円でも現地にとっては会社の役員待遇である。
そして現地で採用される職員も、得意の英語を操ることができる大学卒のエリートで外資系企業の一つである高給取りとして採用されることが多い。

国連職員だって、所得税を払わなくて年収1000万円以上貰う高給取りが多い。

全てがそうだとはいわないが、そういう実態のあるところが多い。

とはいっても、何もしないよりはずっといい。

しかも、国連団体や国がやるよりは、草の根の方がいい。
私のようないろいろなことを考えて躊躇するよりは、若くて純粋な人が立ち向かっていくのがいい。
いくつかは水泡として消えてしまうかもしれないが、そのうち世界を変えていく力になっていくかもしれない。
世界が狭くなって、いろいろな人の気持が通じあえば、世界は変わるかもしれない。


鬼丸昌也さんの挑戦 テラ・ルネッサンス 2

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