2月
20
2010

20年振りにドラマーに会ってきた

21歳の頃、世界を見たくてぶらりと旅に出たことがあった。
香港から入って、チベットを抜けて、、、ヨーロッパまで陸路で行く旅。
自転車で行く人もいたが、世界中の人々、その人の生活や価値観などを直に見たかったという旅である。猿岩石の登場前で、深夜特急の連載も知らず、小田実の本も知らなかった。

わずかに同じようなことをする人がいて本になっていたけれど、、、行ってみて驚いたのは同じことを考える人がたくさんいたこと。そして200万円超のお金を持って3年計画で行くつもりだったが、旅行自体が生活になってしまい飽きた。

ピラミッドを見たときに、「ああ、たいしたことないな」と感じて中には入らなかったり、ナイル川をファルルッカで下るチャンスがなくなって、ヨーロッパやアメリカはまあいいかと思って、結局ハンガリーのブダペストからシベリア鉄道で北京まで帰ってきて、結局1年1ヶ月の旅をした。

そんなとき、チベットからインドへ抜けるルートでときどき会った、のなか悟空さん。あれが1987年だった。もう23年前か。

まだ未開発のチベット、豊かになる前の中国とインド、日本の物価の1/10~1/6で生活していて、収入は1/20ぐらい。

彼は、「のなか悟空と人間国宝」というバンドを長らくやっているドラマー。
世界中の大陸でドラマをかついで演奏してきた。その最初の旅行で彼に会った。たまたま泊まるところが1泊100円から200円くらいの木賃宿。安くてましなところを探すと、たいてい同じところになる。中国のゴルムドで一緒になり、ラサで一緒になり、またカトマンズで一緒になった。その後バラナシで一緒になり、またデリーで一緒になる。

一緒になったときは、ドラムを運んだり手伝ったこともある。その後パキスタン、イラン、トルコまで同行しようとなったが、私はパスポートや200万円ぐらい盗まれてしまい、結局1ヶ月後に後追いしたけれど会えなかった。

20年振りというのもしばらく引越しなどで音信不通になっていたのだが、3年ぐらい前にネットでたまたま出会い、今回会うことができた。

めぐり合ったというのも、たまたま彼がフィリピンパブの店長をやっていたことの体験記が本になっており、私がフィリピン女性と結婚しているという「フィリピン」というキーワードで繋がったからだ。

すごくエネルギッシュな人だ。
20年ぶりにあって私の方がもうろくしてしまったのではと思った。
私の方が髪が薄くなり白髪が増えたが、彼はあまり変わらない。

とはいえ、20年経っても中身はお互いに変わっていない。
世間の波に揉まれて、少しは世間との付き合い方は学んだが、人の本質は変わらないねぇ。彼はドラムを演奏できなくなったら生きている意味がないと言っていた。
今年は久しぶりにケニアへ行って演奏する予定だそうですが、ぜひ死ぬまでがんばってください。私も自分のやりたいことがなくなったときは死ぬときだと思っています。

たくさんのエネルギーとビジネスのヒントを貰いました。

ありがとうございます。

これは私は参加していないが、ソマリアの難民キャンプでの演奏。

http://www.youtube.com/profile?user=jzt00763#g/u

のなか悟空 HP
http://homepage2.nifty.com/nonakagoku/goku/

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