10月
04
2009

義理の妹は無事でした

先日のフィリピンの台風で、行方不明になっていた妻の妹ですが無事でした。

台風が去ってから1週間以上経った、10/4(日)に実家に電話があったようです。

携帯は水没して、PLDTという長距離電話会社からかけたようです。

家も水没しているし身重なので、とりあえず「実家に帰っておいで」と伝えたようですが、詳しいことは「元気だよ」を含めて少ししかしゃべっていないのでわからないようです。

とりあえず無事でほっとしました。

携帯が普及した今となっては考えられませんが、私が妻と結婚する前後の15年前はこんな感じで電話をしました。日本で言うと戦前のような話です。

フィリピンでは都市を除くと、電話の普及率は低いです。

昔、私がフィリピンにいる妻に電話をかけると、妻の実家の近くの電話局出張所に電話がかかります。

名前を言っていったん電話を切ります。その電話局の出張所からトライスクル(オートバイを改造したタクシーのようなもの)が実家に行きます。「おーい、日本のだれだれから電話がかかっているぞ」

そのトライスクルに妻が乗って、電話局の主張所まで行きます。片道5分ぐらい。

そして向こうから電話がかかってきて、KDDに支払います。3分間で3500円ぐらいの通話料金でした。追加の1分も500円ぐらいしたかなぁ。

ちょっとだけ電話をしても5000円ぐらいかかるので、頼むからフィリピンから直通電話をかけてくれと頼みました。後で電話賃は送るから。

フィリピンから電話をかける場合も、電話局あるいは出張所へ行って、用紙に電話番号を書いて渡します。

しばらくすると、「5番のブースへ入って」と言われます。ブースに入って電話をとると、日本と電話ができます。電話をかけ終わると、料金の精算をします。たいてい10分くらい話すと1000円相当ですが、日本からかけるより安かった。

今ではフィリピンでも携帯が普及していますが、電話局からかけたらこんな感じでしょう。プリペイドカード買って携帯を借りたほうが安くて便利いのですが、災害用の無料電話だったのかもしれません。

Written by in: フィリピン,家族 |

2 Comments »

  • hebipaku より:

    御無事でなによりでしたね。
    今もあるのかどうかは知りませんけど、
    昔は国際電報なんて使っていましたよ。
    住所まで文字数にカウントされて、
    電文、2単語で1500円とかね。

    • ohashi より:

      hebipakuさん、ありがとうございます。

      はい、ほっと一安心です。
      その後の生活のことも心配で、一難去ってまた一難ですけれど。

      国際電報って高いですねぇ。おまけに住所までカウントされるなんて。
      インターネットカフェが世界中のどこでもあって連絡が取れやすいので、つい10年20年前のことですがずいぶん昔のような気がします。


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