5月
16
2009

常識と非常識

自分の世界では常識的なことも、相手の世界では非常識なことが多い。

仕事をしているときに効率重視でコスト削減を常に考えているけれど、相手の会社ではそれももちろんだがもっと大切なことを重視しているということがわかって、はたと気づいた。

コスト削減で良かれと思って提案しても、その会社の文化にそぐわないことがあり個人の価値観で反発を食らうことがある。逆にいえばその文化を維持している組織が会社であり、価値観を維持している視点が個人なのかもしれない。

会社や組織に属するというのは、その文化を共有するということであるともいえる。私自身はごく普通の価値観であると思うのだが、自分の価値観を大事にしたいと思うために会社を離れて一人でやっているのかもしれない。影響を受けやすく、また影響を与えないために。

しかし、社会の中で活動している以上、その文化や価値観がぶつかることもある。
価値観が違えば、お互いに衝突して争うか、お互いと共有するか、お互いとほどよい距離を保つかというような物理的な結果として、どれかを必然的に選択することになる。

ほどよい距離を保ったり、衝突してどちらかが敗れてしまうという状況がある限り、同業種でも別々に存在しているともいえるかもしれない。

いま、河村名古屋市長が名古屋市役所や市議会、果ては愛知県などと衝突を起こしつつある。河村氏の言っていることは正論で活気付けようとしていることなので、個人的にはエールを送りたい。

ただ、正論がゆえに、名古屋市役所は別の文化を持っており、その文化を変えていかないといかないかぎり変わらない。外の世界では常識的なことでも、市役所の中では非常識。その市役所の常識的なことも、長年の市役所内でのいろいろな試行錯誤の結果の最適値。

さて変えていくにはどうするか?お互いの頭をやわらかくして文化を変えていこうという気持ちと、共通の目標と利益を追求すること。

組織というのは環境とともに変わっていかないと、はっと思ったときには滅んでいる。そんなことのないように徐々に変えていかないといけない。

昨日は不況先生というタイトルのブログを書いたけれど、不況はゆでがえるの話のように突然暑い湯をかけたようなもので、私たちに「変わりなさい」ということを教えてくれるんです。

さあ、変わりましょう。別の人生へ。

Written by in: 未分類 |

2 Comments »

  • hebipaku より:

    名古屋市は病み過ぎです。
    外郭団体が多すぎで、利権が渦巻いています。
    高速は日本一高いし、地下鉄は京都の次に高いし、
    議員は多いし、報酬は高過ぎです。
    市長選のはがきは届かないし、文句を言ったらなくてもできますだって。

  • ohashi より:

    hebipaku 引用::

    名古屋市は病み過ぎです。
    外郭団体が多すぎで、利権が渦巻いています。
    高速は日本一高いし、地下鉄は京都の次に高いし、
    議員は多いし、報酬は高過ぎです。
    市長選のはがきは届かないし、文句を言ったらなくてもできますだって。

    hebipakuさん、コメントをありがとうございます。

    友人に名古屋市職員や元職員がいますので、あまり声を大きくしていえないのですが、、彼らは彼らなりに一生懸命に仕事をしています。

    でも、外から見ればhebipakuさんのいうことがもっともだと思います。組織の中と外では温度差というよりも、考え方そのものが違うので変えていかないといけない、変えていくという意識を持たないいけないと思います。

    大きな政府(アメリカの民主党のような)か小さな政府(共和党より)のどっちがいいかというのは、人によって考え方が異なるので、お互いのバランスの上で成り立てばいいかなと思います。

    日本の政党のポジションがわからないので、アメリカの政党を例にしました


コメント&トラックバック




トラックバック URL

コメントのRSS feed