2月
04
2009

参議院議員 尾辻秀久さんを個人的に応援

かっこよすぎます。尾辻さん

以下、http://www.otsuji.gr.jp/ より引用。

3歳の時に、
ソロモン群島沖の海戦で父を亡くす。
父・秀一は、駆逐艦「夕霧」艦長。
(海軍少佐)
享年32歳、駆逐艦と運命を共に。

高校時代は陸上部に所属、
(写真は玉龍高校陸上部のころ。)
800mで県大会優勝するなど、活躍した。
その後、進学した防大でも箱根駅伝に出場。
(一区をトップでスタート、最下位でたすきをつなぐ)

防大在学中、20歳のときに母・智が41歳の若さで急死。
当時高校在学中だった妹を進学させるため、退学して鹿児島に戻る。
酒屋のアルバイトなどでお金を貯め、妹を無事大学へ進学させる。
(尚、妹・義(のり)は、体育短大を卒業後、地元鹿児島で教職につき、
母校である純心女子高校の新体操部を11年連続日本一に導いた。
現在は鹿児島県議会議員、平成19年4月より6期目を務めている。)

その後、勉強し直す為に昭和39年23歳で東大へ再度進学。
しかし、せっかく入った東大も学園紛争で授業はほとんどなし。海外へ行くことを決意。
国産車1台と当座のお金だけを持って、
昭和41年、
25歳のときフランス郵船の船で出発。
5ヵ年をかけて世界77ヵ国を巡り、
30歳で帰国。

帰国後、青年活動などを行うも、
高校時代の友人に勧められたこともあり、
また、直接声をあげたいという思いから、鹿児島県議選に出馬。
県議を2期務めた後、
平成元年7月、参議院比例代表選挙に初当選。
以降平成7年、13年と連続当選し、現在に至る。

これまでに、財務副大臣や厚生労働大臣を歴任。


5年間の放浪についての話は、『旅また人生(たび)』に詳しく乗っています。

共通点はバックパッカーだったことぐらいしかないけれど、なんかすごいなぁ。
放浪しているときに、たくさんの日本人に会って感動しました。でも日本に帰ると、多くがワーキングプアになってしまうんですよね。なんかもったいないなと思い、一緒に世界を股にかけるようなビジネスはないだろうかと考えました。よくあるのは、海外で見つけた商品を輸入して日本で売ることですが、誰でもやることなのでダメだなと思いました。

世界の人たちとの温度差を感じていない経験を活かせば、なんでもあるだろうにと思いました。私もフィリピンでやっと外国の人と温度差を感じなくなって、フィリピン人だけでなくオランダ人やイタリア人とやっと腹を割って話せるようになりました。その結果、フィリピン女性と結婚して、世界放浪は打ち止めとなってしまったんだけれど。

尾辻さんにはぜひ外務大臣になってもらいたいなと思います。

尾辻さんのメッセージである「谷間に光をあてます」という言葉が、じーんときます。

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