12月
02
2008

多重人格構造

みなさんは、多重人格であろうか?

「24人のビリー・ミリガン」や「ジキル博士とハイド氏」のような、解離性同一性障害という人格が入れ替わるというのもあるだろうが、人格が話し合うようなものもあるだろう。



24人のビリー・ミリガン〈上〉 (ダニエル・キイス文庫)

心の話というのはしづらいだろうが、私にも複数の人格が存在する。

テレビでよくあるようにいい人と悪い人が出てきて心の中で葛藤するものではない。状況に応じて、それぞれの人格が強めに出てきたり、弱めに出てきたりするものだ。

それらの人格は相反するようなところもあるせいか、人格が完全に混じりあうようなことはなく、お互いに理解しつつあるようなところだ。

先日紹介した、エニアグラムを使うとたぶんそれぞれの人格の総和はすべてのタイプをオーバーラップしているんだろうと思う。

いつも前面にいる自分は、温和で穏やかに話し、論理的に考え、自分の個性を持っている。いま表面に見えている自分である。

それを冷めた目で見ている自分がいて、挑戦的で冒険的という外向きのものがいる。自分を駒のように動かして、いろいろ試してみろ、やってみろ、命をかけて進めーと号令をかけている自分がいる。

この自分が大学に入るまでの競争心をあおり、株の取引をして、世界一周をさせ、コンサルティング会社へ入り、国際結婚をさせ、ベンチャー企業へ入社させ、独立させた。スクーバダイビングやラフティングなどを挑戦させた。(スカイダイビングやパラグライダーはチャンスがなかったけれど)

これについては、私のどこをどう切ってもそんなチャレンジングなことをするようにみえないというのであるが、実際にそんなことをしてきたし、したいなぁと思う。

最後に危険回避の自分。
自分が危ない状況に置かれると、突然目をさまして危険回避する人格がいる。
インドで全部盗まれた後の処理、ギリシャで喧嘩しそうになったとき、パスワードロックしてパソコンが使えなくなったとき、システムが突然落ちて残り30分で対処しなくてはいけないとき、英語で会話をしなくてはいけないときに英語がスラスラと出てくるとき、、、いろいろな危機にあった時に目覚めて冷静になって動いてくれる。

自分でもそんな力があったのかと、後から驚くのであるが気付いた時にはもういない。こんな頼もしい人格がいつもいたらいいのにと思うが、いつの間にか去っていってしまう。

その他、ぼっとしていて、他人がどんな心でいるのだろうかと他人の心を覗いた気持ちになって人格のコピーをしているころもある。心の中には残らないけれど。

だれしも、そんな心の中での人格がいくつかあると思うけれど、自分のことをよくわかるだろうか?私もまだよくわからないでいる。

経済が厳しくなる中、、冒険心をあおる人格が表面化してきたり、緊急時に飛び出してくる人格が飛び出しそうで、わくわくするのか、それとも他の人に迷惑をかけそうで怖い。

実際冒険心をあおる人格は、強烈なので他人とのトラブルが多かったなぁ。
(たぶん歳をとったので、穏やかになったと思うが)

ある人は守護霊とかいうのかもしれないが。

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