10月
24
2008

お祈りを捧げる

毎日午後4時くらいになると、疲れた頭を休めるために職場から散歩に出ます。

C++とWindowsのプログラミング(ATL/WTL)とときおりSTLを見ていると、オブジェクト指向だけでなく、後者はマクロなので暗号解読しているような感じになっています。しかも、参考となる資料もなくトライ&エラーで試しています。
この苦労のおかげで、C++への恐怖心はかなり和らぎました。

Javaは楽な言語と移り、Rubyは人間が話す言葉のように感じます。

この頃、夢の中にもC++やマクロが飛び交っています。
HRESULTや#include、BEGIN_MSG_MAPなど、視界の下のコンソール画面にも歩いていると出てくるようになりました。数学科にいて問題を解いていたときを思い出します。いやー、これまでのプログラミングは楽だった。資料があったんですから。

話が飛びましてすみません。

それで散歩の折に、妻から頼まれている「英語のニュースやフィリピンのニュース」を入手するべく教会へ行きます。近くにカトリック教会があり、英語でミサを毎週やっています。そのフィリピン人ら向けに英語やタガログ語でいろいろな新聞などが置いていることがあります。

妻は引っ越してからは、南山教会へ行っていますので、近所のみこころ教会へ行くことはなくなりました。どちらもカトリックですが派閥は違うようです。

3階にチャペルがあります。

教会に来たのですから、お祈りしていこうと思い、我流で学んだお祈りをします。入り口で、聖水を手の先につけ、それを額につけ胸元につけ、左肩のあたりにつけ、右肩につけて十字を切ります。そのときに目を閉じて会釈をします。

世界中の教会を渡り歩いていますので、たぶん間違いないでしょう。

そのあとに、椅子に座ってじっとしています。

折角来たのだから、お祈りをします。
自分の欲望を抑えて、人々のために、、、、、

いつも新聞などを探しに来た折、そうしていました。

チャペルはお香がかすかにたいてあり、少し暗く落ち着きます。

今日もそうしていたら、神父さんがいらっしゃいました。
私ににっこりとほほ笑み、私の頭を胸に当てそっと祝福してくれました。

うぅ、、、、カトリックに入信していないのですが

私はユダヤ教のシナゴーグもこっそりと入り、
イスラム教のモスクでも何度か一緒にお祈りをしたことがあります。
イスラム教のお祈りもイランのモスクでやりました(シーア派)とトルコやシリアのモスクでもやりました(スンニ派)。
(世界中の聖域は惹きつけるものがあります)

あ、、、チベットでは少し五体投地もやってね。
バラナシでも沐浴したね。

なんか得られるものがあればというつもりですが、世界中の人が喜んでいたら、どんな宗教を信じてもいいじゃないですか。
(でも宗教で争いが起きるのね。火の鳥もそんなことが描いてありました。)

いやこんなことをいいたいんじゃないかった。
ユビキタスエンターテインメントの社長のブログ
http://v.japan.cnet.com/blog/shimizu/2008/10/22/entry_27017267/
に感動しました。

同じことを考えていました。

私の起業はスクレイピングをテーマにしたものでしたが、ちょっと受け入れられなそうなことと開発が不十分だったので終わりを迎えました。

テーマを広くとっておけば続けているかもしれません。また借金を背負っていないので辞めることができたかもしれません。借金があったら止めるに止めれないだろうな。

フリーで生き続けタイミングが来たら変身するような、世界で一番しぶとく生きるクマムシのように事業を展開するというのもいいかもしれません。

クマムシは絶対零度から150度まで生き延びます。
宇宙空間で放射線に10日間さらされても生きていました。
一度休眠状態になってから、120年後に復活しました。

Wikipedia

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