6月
25
2008

デザイナーKEN OKUYAMA

(http://www.kenokuyama.jp/ より)

奥山さんというデザイナーの方が、「カンブリア宮殿」に出ていた。

彼は世界的なデザイナーで今は生まれ育った山形の中小企業と一緒に製品を作っているそうである。デザイナー的な視点と企業という観点で見ていた。ついつい2回も見て、メモをとってしまった。

先日の名古屋めしをイタリアへというトンデモ規格と違って、彼はアメリカのGM、ドイツのポルシェ、イタリアのピニンファリーナ社とデザインの先端を切っていた人だった。

短い時間でいいことしか言わないのはちょっと疑問に残るところもある(彼がものづくりに目覚めたというよりピニンファリーナ社を解雇されたのではないか?、ピニンファリーナ社はもともとフェラーリーの多数の車をデザインしてきた会社なので、15分という時間でenzoのデザインを決定したというのは大げさではないか?)

立派な人でハンサムで、あまりにきれいな人生を歩んでいると突っ込みたくなる性分である。

 

ただ、彼が発言している内容には、深く納得するところがあるので取り上げてみる。

  •  仕事の依頼が来てからでは遅すぎて、いいものをつくれない。あらかじめ自分の引き出しに用意しておく。

まさにIT関係で言えることで、「こんなことできないか?」と言われて「勉強してやってみる」というのでは遅い。自分で仕事になる前から興味をもって取り組んでいなければ、まあいい仕事はできないだろう。

  • アイディアや発想はアマチュアの方がたくさん持っているかもしれない。プロは、客観と主観を行き来して考えることができる。馬鹿馬鹿しいと思ったことを実際にやってみて、それを客観的にみて判断する。

これもIT関係にもいえる。ソフトウェアは仕様で良いか悪いかを判断すると痛い目にあう。実際に導入して使ってみて、自分の感覚で評価をする。直観が正しいことが多いけれども、いったん引いて考えてみることも大事。一人だけの考えは深みにはまってなかなか抜けさせない。毎日100のデザインを描くことを自分に課しているというのはすばらしい。

プログラムをそれだけ書くことはできないし、発想も100も生み出すのは難しい。プログラムを書くというのもプログラムだけに留まっていると抜け出せないが、絵を描くようにプログラムを書くというのもある。ただ制約がきつくてなかなかプログラムにアートを含ませることは難しい。そんな絵を描いてみたいものだ。

イタリア人のデザインの話

普通、車のデザインをつくるときは粘土で形を作っていくことが多い。イタリアでは削ってつくっていくので、まったく違った視点のデザインをつくることができる。(たしかミケランジェロは、『神がつくったものは石の中にあり、それを掘り出すことを私がやっているにすぎない』と言っていたと思う)

 

他に、中小企業の下請けについて触れていたが、いまさらという感じがしたのであまり触れないでおく。

  • 下請けは技術の蓄積ができない
  • 下請けは親会社の従業員であるのと変わりないので、存在意味がない

ということだ。それならばどうするか?

大量生産で賄いきれない、市場を探す。つまり、ユーザーは数万ではなく、数百、数十といったターゲット、それならば大企業は参入できない中小企業の市場となる。

そこの中でオンリーワンを目指す。

付加価値を高め、日本に市場がなければ海外に売る。

まあ、弱者の戦略と同じようなことだね。

 

Written by in: 楽天日記 |

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