2月
29
2008

起業が失敗した理由(1)

まだ起業に失敗したわけではないと信じたいけれど、一人で事務所を開いてやっていくことは3月で取りやめにします。

ここ数日、起業に失敗した原因を探ってみようと思います。
起業しようと思った理由は、漠然としていましたがいま思い返してみると以下の5つの理由だったと思います。

  1. 名古屋で仕事をしなければいけなかった
  2. 3年間、無収入でやっていける資金があった
  3. 起業そのものが冒険でわくわくしていた
  4. コンピューター関係で、研究開発型の仕事を続けたかった
  5. 時間が自由に取れる仕事を選びたかった

これらの理由の背景には、家庭の事情や個人的な嗜好や性格があります。

何度もこのブログで書いておりしつこいようですが、もう一度振り返ってみることにします。 

家庭の事情は、妻が外国人で日本語が不自由であること、2人の子どもがおり、そのうち息子が発達障碍で手間のかかります。

妻が外国人で日本語が不自由というのは、子どもが成長するにしたがって障害となってきました。幼稚園、小学校から配られるプリントを毎晩妻に解説しなくてはいけないことや、妻が日本で育っていないために日本の学校生活の経験がないため、細かいところをフォローしなくてはいけません。

シングルファザーですべて面倒をみるよりはずいぶん楽だと思いますが、それでも一定の負荷があります。

息子が発達障碍であったために、幼稚園、小学校低学年のとき、普通の子どもである娘に比べると3倍くらい大変だったと思います。当初は毎日のように妻が学校に呼び出されていたので、2週間に1度は先生と私と妻が一緒に話し合いをするような感じです。

息子が幼稚園に通っているときにたびたび問題を起こし、家では躾することに限界を感じて、妻はかなりストレスがたまっていました。当時、東京で仕事をしていいて週末だけ家に戻るという生活をしていたのですが、会社が一時期の危機を回避して安定しはじめていたので、自宅で仕事ができるように取り計らってもらいました。

仕事としては、会社の方向性はあるものの、自由にやらせてくれる会社の雰囲気は良かったように思います。また比較的高額のサラリーをいただいていましたので、お金の不自由はなかったです。

いま思えば、社長と距離を置いてきたことで、だんだんと関係が悪化してきたかもしれませんね。

 

妻と話し合い、結局会社を辞めて名古屋で仕事をすることになりました。
仕事の種類がソフトウェアの研究開発でしたので、同じような仕事を名古屋で求めるのは無理かなと思っていました。幸い1人で3年間続けるだけの資金があった。住宅ローンもなかったので、そんな会社がないのなら自分でつくるしかないと思った。

しかしビジネスプランがあるわけもないので、模索をするところからはじめます。

 

性格的には、なんでも挑戦はしてみたいところがあります。なんでも体験してみなければわからないと思っています。自分が面白いと思ったことは、懐に飛び込んでみないといけません。それから、自分に能力がないと消化不良に終わって、自己崩壊・爆発をしてしまう…

 

次は起業の3年の歩みをたどって、原因を探ろうと思います。 

Written by in: 楽天日記 |

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