8月
25
2007

スポーツ嫌い

こんなことを書くと嫌われるけれど、実はスポーツは嫌いなんです。
負け犬の遠吠えと思っていただいてもかまいません。

ちょうど、世界陸上とかサッカーのオリンピック予選とか行われています
が、見るのもやるのも好きではありません。

小学校時代からトラウマがあって、スポーツをやる人たちのそばで嫌な思い
をたくさんしてきたものです。

陸上や水泳などの競技種目では、コーチは良い記録を出すと人間扱いをして
くれますが、結果が悪いとけちょんけちょんにけなされて、人間扱いをして
くれません。「もうどこへ行ってもいいから、2度と来るな!」というよう
なことを暗に言います。

小中学校では、自分の知らない体育協会という組織があって、勝手に大会を
催して、その中で階層的になっている組織があります。大会の最初には、知
らない人が炎天下で、長?い挨拶。どうでもいいようなことを、次から次へ
手話します。その大会の偉い人のしもべが大会を取り仕切り、そのさらにし
もべがそれぞれの種目の運営に当たります。そのしもべの言うことは絶対
で、線を越したら線を越す。例え判断が間違っていても、絶対です。恐る恐
るそういったルールよりも人の判断の方が正しくて、選手は振り回されます。

選手も人の足を引っ張ることでのし上がって生きます。
練習を積んで、人知れず苦労しながらやるというよりも、心理的なことで人
の足を引っ張ることが多い気がします。

そういう経験を何度かして、大きなトラウマができました。
学問の世界も似たようなところがありますが、基本的には世界を相手に競争
しています。ルールも自分で発見し作り出すことがあるので、まだ救われます。

世界陸上を見ていて、100mを走るのに9秒8だか9秒7だかという世界
記録を打ち立てるのにどんな意味があるんだろうという気がします。遺伝的
才能と練習の積み重ねで、やっとそれだけ速く走れるようになった。その練
習の積み重ねで人間的な成長をすることもあっただろうと思います。

でも、チーターや馬には勝てることは永遠にないし、人間は知恵を使って自
転車や車を作ってきたではないですか。それで走ればいいのです。

日本人が遺伝的にオリンピックで優勝できないのが拍車をかけます。
いくら練習を積んでも、アフリカ系の人たちのあの足には遺伝的に勝てませ
ん。日本人がチーターにはなれないのと同じです。日本人は別のところでや
ればいいのではといつでも思います。いつも同じルールに基づいて、勝てな
い勝負に挑むのは、ええっと思います。

バスケットボールだって、背が高い方が有利に決まっています。
いっそ、ゴールの高さを10mぐらいにすれば、誰もダンクシュートができ
なくなって、差がつかないのではないでしょうか?

もともとスポーツというのは擬似戦争です。
戦争で勝負をつけるよりも、お互いに損害を受けないために、行われている
という説があります。目的は相手に勝つこと。スポーツは、争いごとのガス
抜きでもあります。

男でも女でもスポーツしているときの顔は、野獣になります。目が輝いて相
手を喰ってやろうというような顔になります。

子どものときからその顔を見るのが嫌で、また自分もそうなるのが嫌で、避
けてきました。たまたま妻もスポーツはやらないので、我が家ではスポーツ
番組は見ません。野球もサッカーも、陸上も水泳もバレーも、、、、

でもなぜかサッカーワールドカップは見てしまうんですよね?。

でも、娘や息子が足が早くスポーツをするのはなんでだろう。
フィリピンのジャングルの血がそうさせるのかな?
(妻の家は熱帯雨林地方ですがジャングルではありません)

Written by in: 楽天日記 | タグ:

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