8月
17
2007

泥の河

1981年頃に上映されたこの映画を見たのは、テレビで1985年頃に日
曜の昼間に放送されたときだったか、ちょっと覚えていない。

ここ毎日の夏の照り返すような外を歩いているとこの映画をいつも思い出
す。貧乏や自分のやるせない環境を必死に耐えるという、強烈な印象を頭に
ずとーんと打ち付けた。

昭和31年大阪の安治川河口で暮らす男の子が、舟に暮らす兄弟と一夏の交
流をもつ話である。兄弟の母は舟で売春をして生計を立てている。

泥の河(Wikipdia)

宮本輝氏のデビュー小説で小栗康平のデビュー作品である。モノクロ映画で
たんたんと進み、俳優や女優は好演でドキュメンタリーのようなとても良い
映画だった。

この映画のシーンは毎年の夏に思い出すだけでなく、アジアの国へ行くたび
にフラッシュバックのように思い出していた。

それが私が1986年に行った中国はどこもそんな感じで、蘇州から杭州あ
たりの上海近郊の運河地域は、経済が発展しつつある中国で工場廃液や生活
廃液を流している。昔ながらの小船が運送や人を運んでいる状態であった。
私も蘇州から杭州から舟に乗ったが、夏の暑いときで、河から匂いが立ちこ
めそんな雰囲気でフラッシュバックを伴った。

それから東南アジア、中東もスラム地域は同じようなところを見てきて、
「泥の河」の物語が何度も世界中で起きていると思い、そのせつなさの塊を
覚える。

#後日、別の番組で小栗監督がたしか「徹子の部屋」に出ていたときにこの「泥の河」で話していたところを見た。映画の制作費について、映画好きなお金持ちの人が「いい映画を作ってください」とお金をポンと置いていってくれたので、自由に映画を作ることができたという話をしていた。しかし、もっと後になってわかったのだが、その人は木村プロダクションの木村社長で、もともと鉄工所の社長であったが映画好きがこうじて、自分でも制作や監督、原作をするぐらいの人であったので、たんなる映画好きではなくてプロである。

Written by in: 楽天日記 |

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