8月
12
2007

人生はバランス

ニュートン物理学の第三法則だったけ、一方に力を働きかけると反対に同じ
力が加わるという物理法則がある。

娘と息子が喧嘩をする。

喧嘩の原因はたいてい息子がちょっかいをかけるところから始まるが、息子
が叩けば大きく叩かれる。同じ力ではないが、結局一方的なものにはならな
い。例え年長の娘の方が勝ったとしても、心の傷は負っている。痛さと心の
傷を足した分は同じ分で成り立つものかもしれない。例え、この場で釣り合
いが取れていなくても、後でそのバランスを取るべく、辛いことがあった
り、楽しいことが起きるかもしれない。

人生においても、何かしようとすれば、同じだけ反作用の力が存在する。
仕事をして成果を上げれば、その成果に見合ったお金が返ってくる。
人の足を引っ張る何かをすれば、その分だけ自分の足が引っ張られる。

何か楽しいことをすれば、その分だけ苦労をする。
何か辛いことを過ごせば、その分だけ楽なことが起きる。
何か悲しいことがあれば、その分だけ楽しいことが起きる。

後から思えば、バランスが取れている。

それらは客観的に起きるので、楽しいとか辛いとか悲しいとか感じるのは、
主観的に感じ取るに過ぎない。人によっては辛いことを全然辛いと感じない
かもしれないし、悲しいことを悲しいとは感じないかもしれない。

それらを感じ取るかどうかは、その人の経験による度量によるもので、人生
経験を深く身につけた人は、普通の人が苦しく感じることはごく日常的なこ
とと考えるのかもしれない。苦しみを感じていても、そのうち楽しいことが
現れ、やがてまた苦しみを感じる、そういった繰り返しの中にいると思うか
もしれない。

その作用・反作用の法則の元で、動いている振り子が私たちの人生だと思う。

おそらく一生の間に、人には喜怒哀楽の全てが訪れるのだろう。
それらを平均すれば、0になるのだろう。
度量が大きければ、悲しみや辛さと、楽しみと喜びの間を振れる振り子の幅
は大きくても大丈夫だ。度量が小さければ、振り幅が大きいと、自殺してし
まったり気が振れてしまうかもしれない。

その幅を少しずつ大きくしていけば、どんな苦しみもどんな辛さも耐えて、
黙々と生きていけるのではないだろうか。ときには、自分にはどうしうもな
いときがあれば、それは先人や他の人や宗教に手伝って乗り越えていかねば
ならない。

この振り子はなにかといえば、不安定さである。
人は安定した人生を送りたいと思いつつ、いろいろな出会いや経験をしたい
という背反した要求を持つ。振り子の幅は狭くしていたいのに、振り子を
もっと振ってみたいという要望を持つ。

振り子の重さはその人の器であり、その振り幅は人生経験の辛さを乗り切れ
る量となる。独立して一人でやってみると、不安定なせいかこの振れが大き
いことがわかる。公務員や大企業にいれば、この振りは小さいかもしれない。

人は大きな振れをするのは恐怖がある。しかし振れを起こさずにはいられない。

振り子が全く振らないときは人生に2度ある。
誕生と死だ。

生きている間はこの振り子を振り続ける。どのように振るかはあなたしだいだ。

Written by in: 楽天日記 |

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