7月
15
2007

頭痛でいろいろと思いをはせる

台風が近づいていますね。しかし毎年毎年やってきますけれど、土砂崩れや
いろいろな災害にありますが、人の知恵よりも自然の猛威の方が勝っていま
すね。みなさまが被害に遭われないことを祈っています。

このところ引越しのことで時間の半分くらい取られてしまっていて、その時
間を取り返そうと帰る時間が遅くなりがちです。1日3時間別の仕事をした
ら、その分だけさらに開発時間を費やさなくてはと思います。1日自宅にい
たら、翌日その分だけ取り戻そうと思います。

こうするとかえって、頭のはたらきが悪くなって、プログラム作成に支障を
きたします。普通にプログラムを作るならば、たいていどこかに答えがあり
ますので、それを理解して作成することですが、答えのないことを求めるの
は大変なことです。

7/20に未踏の中間合宿があるのですが、まだ思うところまで進んでいませ
ん。焦れば焦るほど、何か他ごとをしたくなり、三国志なんてのを読んでい
ます(横山光輝氏のマンガですが)。それに他のことをいろいろ考えて今い
ます。

作っているものは、Webをベースとしたものですが、Webの枠を取っ払って考
えないといけないんだ!と思ってしまいます。Ajaxでどうのこうのしよう
と、既存のライブラリを使ってどうのこうのしようとしてはいけない。自分
で新しい概念を考えなきゃ、とかえって混乱を引き起こしています。

だって、HTMLを考えだしたのはどんなところからか?
Ajaxを考え出したのはどこからか?

そう思うと、自分のやっていることが小さくてつまらなくて、何か大きなこ
とを考えなきゃというプレッシャーになってしまいます。

そうか、そもそもパソコンの小さい画面で、URLといくつかのデータをやり
とりすること自体が矮小すぎる。たくさんのデータを非同期で、1:1では
なくて1:多とか多:多とか、いろいろ制限を設けずに考えたらどんなやり
とりになるか。。。。

思えば私自身もこのOSとか、ネットワークについて専門家ではありません。
最初の会社に就職したときに優秀な上司がCPUを速くする方法として並列プ
ログラミングの話をしていました。そのときふと思いついたのですが、OSは
1つのCPUあるいは1つのマシンにあるCPUに基づいている。そうではなく
て、ネットワークにつながった複数のマシンを1つのOSとして考えることは
できないだろうか?

当時、UNIXのダウンサイジングといってネットワークコンピューティングが
はじまりつつありました。またNetwareというネットワークOSもありまし
た。でもサーバーとして1つのOSがあるぐらいで、クライアントとサーバー
が1つのシステムとして考えられていたわけではありません。

生物の単位は個体で数えますが、蟻や蜂は1つの巣を1つの生物と考えると
いう学説もあります。それと同じようにネットワークにつながったシステム
全体を1つのOSとして設計・開発するという考えです。

同じことを考えている人はいると思いますが、不勉強のためか知らない。OS
のインストールも設定も、複数のマシン同時に捉えなくてはいけません。
Googleの検索エンジンは、何万台の安価なLinuxマシンと言われています
が、それよりも高度に、パソコンのブラウザを含めた上での設計ということ
になります。

そして今考えていることは、不確かなデータを扱うコンピューターです。コ
ンピューターの計算は間違いない、データベースもきちんと保管されてい
る、データのやり取りも間違いないということが前提です。そうではなく
て、データが必ずしも正しくなかったら、データのやり取りがうまくいかな
かったら、ということが前提のものはいかがと。

メールはきちんと届くとは限りません。間違ったところに届くかもしれませ
ん。計算も間違うことがあるかもしれません。

それって、人間じゃん!

そうです。コンピューターを使うのも結局人間です。コンピューターの中で
はきちんと正しく動いているのですが、その入出力となるのは人間です。人
間は間違うもの、だったら最初から「間違うかもしれない」ということを前
提に考えていれば問題が少ないのではと思いますが、いかがでしょうか。

いろいろ考えてすぎて頭が痛くなって、変なことを思い出し、また変なこと
を考えてしまいました。

Written by in: 楽天日記 |

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