6月
16
2007

過保護な日本社会


子どもがこんにゃくゼリーを喉につまらせて亡くなった。その責任はメーカーにあると訴訟した。

子どもをもつ親としては胸の痛くなる事件だ。
親としては「自分が殺してしまった」というやるせない気持ちで、夜も眠れ
ず辛い思いをしていると思う。ただその怒りを、メーカーを訴えるというの
は良くない気がする。

そのゼリーという素材についての不注意が招いたことだと思う。

日本では「お餅を食べるときは喉につまらないように注意する」という教訓
があると思う。万一喉につまったときは、さかさまにして思いっきり背中を
叩く。それでもだめなときは掃除機を口に当てて吸い込ませるという、対処
方法もよく知られているぐらいだ。

それでも毎年の正月には、餅を喉に詰まらせて老人が亡くなる。

ゼリーも蒟蒻の素材としては少し硬い。その触感が受けていることもあると
いう。やわらかすぎてどろっとした感じでは、今ほど売れ行きが良くなかっ
たと思う。

妻に尋ねてみると、小さく切って子どもに与えていたという。
妻は日本語の注意書きも読めないし、自分で考えたようだ。
私はそのまま食べていたから、妻が気遣っていたことも知らなかった。

アメリカでは「ネコがびしょぬれになったので、電子レンジに入れて暖めよ
うとした」それでネコが死んでしまって、電子レンジメーカーを訴えたら勝
訴したという判例があった。それ以来、電子レンジメーカーは「ネコを暖め
ないでください。」と注意書きに書いたとか(都市伝説)。

電子レンジという超音波を使った性質を知らない人はいるだろう。
私も電子レンジにお弁当を入れて、燃やしてしまった。やっぱりダメかなと
思って、自分でやってしまった。電子レンジメーカーを訴えるつもりはな
く、自分の不注意だと思う。

前にもブログに書いたかもしれないが、欧米では個人主義と同時に自己責任
という考え方をもっているようだ。
私がダイビングのライセンスをオーストラリアのグレートバリアリーフで取
得した。そのとき、ダイビングのガイドは一緒にもぐらないことが多い。潜
るときはバディといって、一人ではなくてとペアで一緒の行動を取る。ダイ
ビングは非常に危険なスポーツで簡単に死ぬ。

何しろ息のできない海の中にいるので、空気がなくなればすぐ死ぬ。それ
に、毒をもった生き物がいる。サメは怖くはない。実はめったに遭えないん
だ。もちろんサメが集まっているところへ行けば別だが。

それに海の中は地上の空気の流れのように、深さや場所によって海流が異な
る。速い海流では秒速数メートルであっという間に流されてしまい、行方不
明になった人もいる。無線や携帯なんてないのだから。

でもオーストラリアのガイドは、「事前にこういう地形でここを見に行くと
いいよ。そして船はここから200mぐらい先でピックアップするから、50分後
にはあがってきて欲しい」と簡単に言うだけだ。しかも英語。

後は自分たちで自由行動だ。

一度、流されたときはやばいと思ったけれど、小さなゴムボートでピック
アップしてくれた。船からは息を吐いた後の空気の泡を見ているようで、お
およそどこにいるかわかるようだ。「細かいトラブルは自分たちで解決して
欲しい。命を助ける努力はするが、あとは自己責任だ。」という考え方がある。

日本でダイビングをしたとき、必ずガイドについてきて欲しいという細かい
指示だった。いろいろと細かいことも干渉してくる。それは安心感はあった
が、過保護と感じたこともある。

日本がどうなっていくかわからないが、「あれはいけない。これはいけな
い。」という過保護な社会ではなくて、自己責任で解決して言って欲しいと
思う。蒟蒻ゼリーのメーカーも、悪意を持って作っているわけではないし、
もうちょっと話し合えるのではないだろうか。

Written by in: 楽天日記 |

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