4月
16
2007

BLEACHと現実の能力

BLEACHというアニメを子どもと一緒に見ている。もっとも私の場合は仕事が
遅くなるので録画してからみるので一緒にみているわけではないので残念だ。

BLEACH
http://ja.wikipedia.org/wiki/BLEACH

BLEACHは黒崎一護という主人公が、現世とあの世を行き交いながら敵と戦う
物語だ。彼を取り巻くキャラクターの個性が充分に出ていて、ときには一緒
に戦ったり、敵の個性も余すところなく書かれている。ストーリーは、敵を
倒すとさらに強い敵が出てくる単純なものだが、きちんと最終目標が描かれ
ている。

宗教や哲学的な話が組まれていて興味深い一面もある。

問題だなと思うのは、敵はいつもやんきいである点だ。言葉遣いが荒かった
り、品がないことが多い。天性の才能を持ち、努力もかなりしているはずな
のだが、それを見せることはほとんどない。夜中にバイクを乗り回して迷惑
をかけているのと全く同じだったりする。アニメに出てくる名前も難しい漢
字を使用しているところが、また暴走族のグループ名にもつながるかもしれ
ない。

ひょっとすると、一見上品に見えて人の上に立つような人も、先人君子では
なく心の中は下品で変な性癖を持ち、独占欲が強いということを主張したい
のかもしれない。

さて、この黒崎一護や仲間は、斬魄刀という刀を武器に使う。
この斬魄刀は個人の魂の形が現れたものである。
魂との「対話」と「同調」ができた場合は、始解(しかい)という力になっ
て出てくる。さらに修練を積んで、「具象化」と「屈服」をさせることがで
きれば、卍解(ばんかい)といって能力を最大限に発揮することができる。

アニメではこのような力で書かれているが、現実的な世界での個人の能力に
も関係するのではないかとみている。

普通の学校などで学んだものではまだ刀を持つだけである。
修練を積んで、その能力が使えるようになった状態で、プロとしてどこでも
生きていける状態になったとき(自分の能力がよくわかったとき)が始解と
いい、能力を最大限に活かし何をするべきかわかったとき(対話することが
できるとき、マイスターのようなレベル)が卍解だ。

ただ卍解は独りだけの世界(あの世)で使えば誰にも迷惑がかからない。し
かし現世では能力を全て出し切ると、現世での他の人に迷惑がかかる。ただ
能力を全て出し切る必要のあるときもある。それが限定解除。現世での能力
が数倍に跳ね上がる。

実はこのアニメの話は現実の能力開発を比喩したのではないかと思う。

・始解

学習や習い事、スポーツなどから、興味のあることを身につけはじめる。
自分でも驚くぐらいスイスイとすすみ、大会レベルに出る。努力もあるのだ
が、これが自分の持っている才能ではないかと自覚するようになる。

・卍解

他の人にも負けないようになり、大会で優勝するレベルになる。近くには敵
はいない。世界レベルの壁を感じる。ただ練習するだけ、まじめに取り組ん
でいるだけでは乗り越えられない。別の世界との交流もしながら、その対象
のことを深く考える。結局は、自分自身を知り乗り越えることが、その道だ
と自覚する。

・限定解除や虚(ホロウ)の力

その道の第一人者となる。もはや敵はいない。
そう自覚したとき、自分自身の野心や穢れた心が敵だと自覚する。
自分の持っている能力について考え、それを大きく飛躍することができない
かと考える。もはや肉体を離れ、人間を枠を超えなければいけないと自覚する。

キチガイの世界へ飛び立つ。ただその道へ飛んでも理解者はほとんどいな
い。時代がその人のアートに追いついたとき、初めて理解される。

ただこの力を自分の能力が低いときに使ってはならない。ただのキチガイと
なるだけである。

天才芸術家や天才科学者によくあるパターンではないだろうか?

Written by in: 楽天日記 |

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