4月
03
2007

創造の落としどころ

SoftEtherを作り上げた、登 大遊さんの日記で「論理的思考の放棄」とい
う記事があった。時をほぼ同じくして、NHKの「ロフェッショナル 仕事の流
儀」においてスタジオジブリの宮崎駿監督の映画を創るところを見た(いつ
もワンセグで見るのだが見過ごしてしまったので、Youtubeを探したらあっ
たんだ)。

登さんのプログラミングのスタイルは以下の3つである。

(1) 努力しないこと
(2) 論理的に考えないこと
(3) 頭を使わないこと

http://d.hatena.ne.jp/softether/20070324

彼のことは良く知らないが、日本でもたぶん10本の指に入るプログラマーだ
と思う。知識からいっても、能力からいっても。

1日に3,000?10,000行のプログラミングをするといっていたが、私にはそ
んなにできない。たぶん1ヶ月でそんなものであろう。仕様書を与えられて
いたら、その数倍はできると思うが。

恥ずかしながらあるプログラムは、数ヶ月かけて1000行に届くかどうかだ。
ライブラリがそろっているのであまり書く必要がないのと、自分がライブラ
リを書いていることで行数が軽減されている。

話は戻るが同感である。
頭を絞っても出てこないし、順序だててもアルゴリズムは出てこない。
全体を考えるのは、絵を描くようなものなんだと思う。

アウトラインプロセッサやマインドマップを使って、論理をまとめることが
あるが、そのツールを使いながら考えることはあまりできない。キーワード
をここからあちらへ移動することで、新しい発想が出てくることもない。

そのツールを使う前に創造作業は終わっているのである。
それらのツールを使いながら、新しい発想が出てこないかなと思っていたが
実際には起こらなかった。

ある種のプログラムの流れをつくって、それをプログラム言語で書くがそれ
からはシンタックスエラーだったりする。プログラムのアルゴリズムの欠陥
が後で露呈することもあるが、それは自分の考えの裏を取れていないことと
同じ感覚を持つ。

宮崎駿さんも映画の構想を練るときに、生みの苦しみを感じていた。

シナリオの筋を考えるのではなくて、すぐに絵を描き始める。今まで創った
作品は既に過去のもの、0となって新しいものを創る。前よりも一歩踏み込
んだものをつくり、前と同じようなものは創らない。

「脳に釣り糸をたらして、何かひっかかるものを探す」という作業をする。
論理の積み上げでは創造はできないんだろう。自分の意識下にある何かがあ
れば、それを取り出したいという気持ちだろう。ただあるかどうかわからな
い、でも何かあれば掬いたい。

映画の構想が煮詰まってきたとき不機嫌になっていった。
現実の世界からは生み出そうとしても限界を感じるのだろう。
非現実の世界に入って何かでてこないかと考える。いつもと違うことをし
て、いつもと違う自分になり、何か出てこないだろうか?

ときには気違いになって考える。
逆立ちしたら違う世界が見えるかもしれない。
逆立ちで歩いたら、また違う世界が見えるかもしれない。
裸になって逆立ちで歩いたら、、、
上着とズボンを反対にして、逆立ちで歩いたら、、、

やってみないとわからない、だけどきっと違う世界が見えるだろう。

数学者の岡潔は、自宅に穴を掘ってその中に入って考えた。

また宮崎さんは、「理想を追い求める現実主義者になりたい」と言ってい
た。理想を追い求めるだけでは、いい映画はできない。たくさんのアニメー
ターが必要だし、たくさんの協力者が必要だ。予算もある。たくさんの協力
を得るには、現実的な落としところが必要だ。

ただできるだけ理想に近づくぎりぎりのところまでもってくるところが大事
で、安易に達成できるところで妥協してはいけない。そういった「理想のな
い現実主義者」であってはいけない。

最近、この話をあちこちで聞く。
自分のアンテナが立っているせいかもしれない。

朝からトラブルに巻き込まれて、アップする時間が遅れました。
100000アクセスしていただいてありがとうございました。
100000アクセスした人にお礼を言いたいと思っていたのですが、マイ
クロソフト社内からのアクセスでたぶんわからないだろうな。

みなさま貴重な時間を使って、拙文を読んでいただきまして、ありがとうご
ざいました。これからも続けていきたいと思います。

Written by in: 楽天日記 |

コメントはまだありません »


コメント&トラックバック




トラックバック URL

コメントのRSS feed