3月
26
2007

プログラマの創造性

スラッシュドットジェーピー(以下、スラド)に「プログラマのやる気を上
げよ」というスレッドがあった。
http://slashdot.jp/article.pl?sid=07/03/23/0947223

NTTデータ社長の発言には同意するが、細かい内容については意見が異な
る。スラドに出てくる発言の方に同じ気持ちを感じる。

ソフトウエア開発は工場でモノをつくるよりも、設計をしている方に近い。
設計したものは、ハードやOSの基で動くのでたいていの場合はそのまま特に
考えずに動く。人気のあるWebサイトは負荷軽減のために、建築工法から考
えないといけない。

建築に比喩すれば、アントニオ・ガウディが建物をつくるか、建売の家を建
てるかの違いとなる。プログラマーがどちらの建物を設計するかということ
になる。

どっちの設計がおもしろいかといわれれば、当然前者であろう。
ソフトウェア開発も同じである。

建築の世界で、ガウディや名前のある建築家がたくさんあるかといえば実際のところそうではない。世の中のビル、マンション、橋、構造物のほとんどには名前が残らない。というよりもどれも似たり寄ったりだ。中には住環境の優れたものもあるかと思うが、まずは経済性優先である。

ソフトウェアの世界も同様で、企業が作るソフトにも優秀な設計者やプログラマーはいると思う。そのソフトをもとにお客さんのために作る受注したソフトは、実際のところ誰が作っても対して変わらないものに進む方向だ。プログラマーは金太郎飴のように、プログラム経験3年といったものでよい。優秀すぎて自分で画期的なアルゴリズムを作ってもらっては他のプログラマーは上司が理解できない。フツーでいいのだ。

IBMのWebsphere や、BEAがWebLogicなどの基本ソフトをつくる人たちは優秀である必要はあるが、それを使う人は一定の理解して使いこなせればいい。それ以上もそれ以下も必要ない。

現場で創造性がないといっているプログラマーは、その世界へ足を踏み込んでいるんだ。普通のビルを設計どおりにつくるだけでいいのだ。ガウディのように、自然曲線に拘ってもらっては困るのだ。

一方、ソフトの世界は建築の世界と違ってコストがあまりかからない。だから、新しい工法やアイディアを出すのは無限である。ムーアの法則がまだ生きているので、まだまだメモリーの量は増えてCPUの速度は上がる。かつては3Dや動画を扱うことができなかったが、今ではパソコンで可能だ。OLAPという多変量解析や自然文解析も特殊な世界だったが、普通の世界でできるようになるだろう。

日々変化をしているので我々は気づきにくいが、着実に変化している。いままでは夢のようなことが普通になっている。Googleのような検索も、かつては特定のデータベースを検索するサーチャーという特殊技能があったが誰でもできるようになった。Googleは世の中にあるものを全てデジタルデータにして検索対象にしようとしている。

検索したものをどうやって使うか、いまはおもしろい時代になってきた。
ただ従来の建築方法では、このデータを使いこなすことはできない。

(なんか、また自分の居場所に無理に引っ張ってきているな?)

掲示板で不満を漏らすのは自分でその道を選択したからだ。
今でも遅くない、自分を変えよう、世の中を変えようとしない限り何も変わらない。それを言いたかったんだ。

Written by in: 楽天日記 |

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