2月
17
2007

祖母の葬式

2月12日の午前1時半に祖母が亡くなった。享年97歳だった。
その数日前に危篤だというので父母が駆けつけたが、しばらく様子を見ると
言うことで帰された。癌や心臓、脳などではなく、いまどき珍しいかもしれ
ない老衰の状態である。

寝たきりでぼぉーとした状態で、意識もなく、自分で食事を取ることもでき
ない。点滴で栄養を取れば植物状態のまま命を永らえることができるかもし
れないが、自然な状態に任せるということになった。

97歳だもの、本当に大往生だよね。

そして2月12日、弱い動きの心臓がぷつぅーとなって亡くなったそうだ。
最初に駆けつけたときには死ぬことが予期されていたので、そのときから葬
式の準備や周りに伝えていたそうだ。

2月13日が友引だそうなので、2月14日お通夜、2月15日葬式となった。

母方の親戚は盆と正月は挨拶に出かけていたが、実は父方の親戚とは理由
あって疎遠になってしまって、一部の親戚を除けばほぼ30年ぶりに会うこ
とになる。12年前に祖父の葬式があったのだが、私の結婚式と重なり遠慮
させていただいた。

自宅から車で2時間のところに葬儀会場はあった。
岐阜の田舎なので近くまで着いたら迷った。鉄道で道が途絶えたり小さな川
がたくさんあって、目的地はだいたいわかるのだが、なかなか行き着くこと
ができなかった。
午前11時頃、葬儀会場についた。用意されていたお弁当をいただく、母方
のおじさん夫婦がいたので簡単な挨拶と近況について尋ねる。

いとこの名前を慣れ親しんだ呼び名で表現した。
「まーちゃんの結婚式には参加できなくてすみませんでした。」
結婚式の案内がなかったのであるが、確かめるように尋ねた。

おばさんが答えた。
「それがね、最初は沖縄で結婚式をしようとしたの。でも両方の家の家族が
病人を抱えているので、なかなか沖縄へいけそうもない。そしたら、勝手に
2人でハワイへ行って結婚式をあげてきたんよ。ハワイのお土産もらったわ。」
おじさんもいう。
「披露宴だけでもすればいいのに。面倒だってやらないんだ。」

私は答えに窮して「現代版ですね」と答えた。
私の結婚はフィリピンでやって親戚は連れて行くことはできなかったけれ
ど、一応身内だけでお披露目会を催したっけ。お金は父母に出してもらった
けれど。

葬儀は12時に始まった。
父系の遠い親戚にお寺さんがいる。羽島市の恩立寺の住職でその先代が昨年
5月に亡くなったので、息子さんといっても50代の方に来ていただいた。

宗派は浄土真宗であるがどの派なのかはわからない。
お経を唱えて、順番に焼香をして、喪主からの挨拶、そして棺に花を埋め蓋
をする。

フィリピンで妻の葬儀に参列したが、宗教が違っても内容はあまり変わらな
い。国や文化は違っても、亡くなった人に対しての気持ちは変わらないのだ
ろう。

川の近くに少し離れているが火葬場がある。歩いて数分だ。
そこまで運んで、住職がお経を読む間、最後の焼香をする。そして火葬す
る。1時間半ほどだ。

一旦葬儀会場に戻って、祖母の実家の方と会って話をした。
私の父からすればいとこに当たる方たちだ。そのおばさんのご主人はすでに
引退されたが名古屋市中川区の区長もされていたそうで、今は息子さんは中
区新栄で東南アジアから輸入した家具店を営んでいるらしい。

又いとこに当たる方で全く面識ないが、もしよかったら家具を買ってあげて
と言っていた。しかし同じ新栄でいらっしゃるとは奇遇である。

http://www.folks.co.jp/

午後2時半になって、もういちど火葬場へ行く。
祖母の骨はきれいに残っていた。背骨などの形が残ったままで、ときおり折
れている感じだ。喉仏も残っているようだ。火は強すぎると骨は粉になって
しまい、弱い焼きづらいそうで、その加減が難しいらしい。体格などを見て
火の加減を調整するのがプロの仕事だと聞いたことがある。この火葬場の人
はプロなんだなと思った。

あらかじめ火葬場の人が骨を別の場所に、菜箸のようなもので移す。それを
親族が移された骨を骨壷へ一つずつ入れていく。最後まで見ていなかったの
で、残りの骨はどうなったかわからない。

これで全て終了。
それから喪主となった人の家に行き、住職さんがお経を唱える。親族もお経
の本を渡されそれを一緒に声を出して唱える。前半は漢文で30ページくら
い、そして古文のような日本語で数ページ、最後に「なんまんだぶ、なんま
んだぶ」と何度も唱えて終わり。唱える前後に、住職から法話で葬儀の後に
ついての7日ごとの法要とその言われなどを話された。他にも「いのち」に
ついて話された。

夕食は精進料理ということでお弁当になったが、私は遠いのでその精進料理
を持って早々と帰らせていただいた。

ところで経典を借りて、一通り読んで見ようとした。
漢文なので意味がわかるかなと思ったのだが、仏教用語のせいかもしれない
がほとんど意味がわからなかった。ただ仲に、インドの釈迦という言葉が出
てきたり、罪や苦や老という言葉が出てきた。他には七言つまり漢字が縦に
7つ並んでいるのに、韻を踏んでいないようだった。

さっぱりわからない言葉を唱えているというのは、魔法使いの呪文のよう
で、なんだかしっくりこない。この浄土真宗だけでなく仏教のほとんどは、
インドを経て中国から伝わった学問で、特権階級の知識であった。そのとき
は中国語が先端的な知識をつむぐ言葉だった。大切な意味はインドの言葉か
ら中国語に翻訳され、固有名詞や意味のわかりにくい言葉は漢字に音を当て
はめている。

当時の普通の人は文字も読めない学のない人たちだったので、お坊さんが唱
える経を意味もわからず聞くか、丸ごと暗記すればよかった。しかし、現代
を生きる人たちは、仏教の理解は十分できるだろう。なのに、いまだにわけ
のわからないお経を、中国語の読み方ではなくて、日本語の音読みで唱える
のか?

キリスト教の聖書も現代語訳されて読まれるし、イスラム教のコーランだっ
て当時の言葉のままだけれど読む人は意味をわかって読んでいるらしい。な
のに、なぜ日本人は意味をわからずお経を唱えるのだろうか?

Written by in: 楽天日記 | タグ: ,

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