1月
22
2007

フィリピンで医師免許を取った太田靖之さん

どんよりとした日曜日だった。

家族と過ごしたが、地味な日だった。
午後から本屋さんへ行く。息子がコロコロという漫画雑誌を買う。
私は図書館で借りた本を、本屋で読む。この本屋は椅子も用意してあり、立
ち読み歓迎だ。だけど図書館の本を持ち込んでいいものか。。。

本は「エマージェンシーコール」。
マニラのスラム地区近くの病院で働く、日本人医師の話である。
前にブログで書いたと思ったんだけど、いま探したところなくなっていた。
著者は 太田靖之 氏

記憶をたどると、新聞でこの本と作者のことを知った。
日本人がなぜかフィリピンで医師になった。そしてフィリピンで医師の国家
資格を取得して医師になろうとしたところ、フィリピンの法律ではフィリピ
ン国籍がないと医師になれないということでなれなかった。

彼は裁判をして医師免許を取ろうとして、1審は負けたのかな、そして2審
で勝訴した。

2年ほど前に新聞に載って、すごい感動した。
何か自分が目指していたもうひとつの人生を彼が送っているように思った。
ブログでこのことについて書いたかもしれないと思って探したが見つからな
かった。ひょっとするとブログを書き始める前かもしれない。

当時インターネットを使って調べて、彼が愛知県春日井市の名古屋徳州会病
院の産婦人科に医師として勤めているということがわかった。感動している
こと、応援していることを伝えたかった。そのとき、病院の代表メールアド
レス向けにメールを書いた。彼の元に届かないかもしれない。でも、直接病
院へ行くのは憚れると思った。

10日ほどして、メールが届いた。メールを印刷して彼の元に送って、それを
代わりに返事をくれた。とてもうれしかった。私に何かあれば援助すると伝
えた。

彼が書いたこの「エマージェンシーコール」は私が買おうとしたときは、ど
こにも売っていなかったのだが今は中古も文庫本も売っているのね。しかし
映画の方は、大森監督 真田広之主演なのだがレンタルビデオ屋で見つから
ない。

その後の消息を探そうと思って、今日名古屋徳州会病院のホームページをみ
たのだが、今現在は産婦人科すらない。ひょっとしたら、もう太田さんは
フィリピンへ移住してしまったかもしれないな。そしてフィリピンのどこか
で日本人医師として産婦人科医として働いているかもしれない。

彼の半生を本から読み取る
1961年東京生まれ、琉球大学理学部海洋学科卒業して、(株)東海サルベー
ジに入社してフィリピンに駐在。

(小説は自伝に近いと思うのでその小説からその後の様子を拾うと)
東海サルベージは入社間もない社員をすぐに海外へ送っていたようだ。彼は
マニラで交通事故に遇う。運転手は即死だったが、彼は生還してそのときの
医師に感動して、ビコール州のビコールクリスチャン大学医学部へ通うこと
になった。

東海サルベージを検索したが、1990年頃に海底ケーブルを謝って切断して、
その賠償金などが負担になって倒産したらしい。

太田さんは1991年に卒業して、その後インターンとして働く。
それからの出来事が、この小説に書かれている。

その後フィリピンでは医師として働くことができず、日本で産婦人科医とし
て勤めていたようだ。確かフィリピンの医学部の制度はアメリカのものに準
じているので、フィリピンでの医師ライセンスは日本では限定的だと思うの
で、たぶんフィリピンの医学部卒業資格と日本で医師国家試験を受けたと思
う(間違っていたらすみません)

彼の奥さんもフィリピン人で、彼がタガログ語と英語を使いながらフィリピ
ンで医師として働いていることや、そして小説を書いていることなど、彼の
劇的な人生にエールを送りたい。

まだ小説は途中だけど、おもしろいよ。

Googleで検索していたら、フィリピンの最高裁の彼の判決が出てきた。
http://ca.supremecourt.gov.ph/cardis/SP84945.pdf
最高裁で勝訴したんだね。しかしフィリピンで裁判を起こして医師になるな
んてのもスゴイ。

オハイオ州立大学のサイトにあったインタビュー記事です。
http://pears.lib.ohio-state.edu/Markus/Review/Films95/Ota.html

Written by in: 楽天日記 | タグ: ,

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