11月
05
2006

泣きながら生きて

フジテレビの長期間にわたるドキュメンタリー「泣きながら生きて」を今日
の21時から妻と一緒に見ていました。
http://www.fujitv.co.jp/ichioshi06/061103nakinagara/

めちゃ美しいプロデューサーの張 麗玲さんが10年にわたって取り続
けていた「中国人が日本に来て体験したこと」の物語で、これまでいろいろ
なものがありました。お父さんの仕事の関係で、日本の小学校に入った女の子
の話や、働きながら学ぶということが大変で辛い思いをしている就学生、おば
あさんが中国残留孤児で、その息子夫婦と孫の家族全員が日本にやってきて、
なかなか日本語が身につかない息子夫婦と、学校で日本語をしゃべれるように
なったんだけど、生活の底辺にあえいでいる話。張さん自身がこのドキュメン
タリーを作るために、お金や労力を大変な思いをして撮影してきた話。

以下、ネタばれですので見ていない方は読まないでね。

今回は文革の下放の影響で高校から学ぶことができなかった丁 尚彪さんの
家族の話でした。1989年に親戚や近所の人から2人で15年分の年収に
あたる42万円を借金して、妻と子を上海において日本に学びに来たところ
から話が始まります。

日本語学校がどんなところがわからず、日本に来たところから始まります。
とても僻地の北海道の阿寒町というところに日本語学校がありました。仕事を
しながら学んでいくということで日本に来たのですが、仕事がまったくない
ので、学校を飛び出します。それから東京で不法就労しながら肉体労働を重ね
ました。そのうち勉強するすべがないとわかり、自分の勉強は諦めます。しかし
上海に残してきた娘に教育を受けてもらおうと必死に働きます。不法就労なので、
病気もできないし、警察から隠れるように生きています。

自分の生活は最底辺で、ほとんど全てのお金を中国に送り、歯の治療もでき
ず子どもにお金を送る必要がなくなるときにはかなりの歯が抜けていました。
最初は妻は夫は勉強もせずに日本で働いているのは、日本に女ができたのでは
ないかと疑います。テレビの取材のおかげでそういう疑いはだんだんと晴れて
いきました。

上海で妻と子どもだけが生活していますが、妻は夫が送ったお金には手をつけ
ません。全て娘の留学費用として残します。娘も復旦大学の付属校で学んでい
ます。復旦大学は日本の京都大学にあたるのでしょうか。たぶん優秀なところ
だと思います。娘はその後ニューヨーク州立大学に合格して、成田経由でアメ
リカへ行きます。成田で1日トランジット(乗り換え)で8年ぶりにお父さん
に会うことができました。

その後妻もアメリカにいる娘に会いにいくため、14回のビザ申請で却下されて
いたのですが、やっと15回目にビザをとることができました。妻も成田で72
時間のトランジットで夫に会うことができます。13年ぶりでしょうか。

娘も妻も見送るときに、空港まで行くと不法就労だとばれてしまうかもしれないので、1つ手前の成田駅でおります。

番組の終わりで娘がアメリカで医学部をもうじき卒業というときは、ほっと
しました。お父さんが辛い思いをしながらやってきた甲斐があったなあと思
いました。アメリカで医師になるためには、普通大学を4年間かけて卒業してそれから医学校(メディカル・カレッジ)で3年かけて学びます。莫大な費用と時間がかかりますが、多くはローンを組んで医師になってから返すそうです。ただ医学校卒業
して数年間は、インターン1年、レジデント3年ぐらいで早くても30歳ぐら
いにならないと十分な給料をもらえません。

日本も医学部6年かけて出た後は、医局でインターンだそうですが、給料は5万
円/月ぐらいだそうですね。それではなりたたないので、他の病院へ1日バイト
して5万円もらうという話を聞いたことがあります。

日本での15年にわたる不法就労のあと、やっと15年ぶりに中国へ帰ると
ころで番組は終わりました。

自分の人生と話を重ねてみたり、妻が外国人なのでその立場に立ってみた
り、また日本にいる中国人の方が苦労している姿をみたり、いろいろ重ねて
みました。

日本人も昭和39年頃海外渡航が自由になったときに、たくさんの若者がア
メリカやヨーロッパに片道切符で出て行ったんですよね。そのときは、もち
ろん不法就労でしたが、成功した人もいるし、失敗した人もいるし、同じ思
いをしているんだろうなと思います。

いまでは不法就労はなくても、海外で働いている日本人もたくさんいて同じ
ような思いをしていると思います。

また、東南アジアや世界中のどこにでも華僑はいますが、彼らも最初の世代
は肉体労働して働き、がまんしながら子どもを教育して、医者や弁護士とし
て育て上げたり、ビジネスを起こしながらやっています。

日本人もハワイやブラジル・ペルーなどでも同じような過去がありました。

なんかそんな姿がすべてダブってしまい、妻とテレビを見ながら涙が止まり
ませんでした。

丁 尚彪さん、日本で辛い思いをたくさんしてきたと思うんだけれど、日本
人のことを悪く言わず、逆に尊敬していて、必死に歯を食いしばりながら
やってきたところが、良い結果だと思います。

思いが通じてよかったですね。

Written by in: 楽天日記 | タグ:

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