8月
16
2006

イラン大統領のブログ

今日も暑いですね。終戦日で小泉首相の参拝でもめていますが、ちょっと毛
色の違った話題を。
実は今日は妻の母の誕生日なんです。しかも1945年8月15日に生まれて、今日
で61歳です。パチパチパチ。ちなみにフィリピンでは8月15日は特別な日で
はありません。4月9日のバターン死の行進の日は祝日になっているのです
が。

今朝の新聞でイランの現職大統領音ブログがあると知って、探しておりまし
た。これです。

http://www.ahmadinejad.ir/

アラビア文字を使ったペルシャ語ですが、画面右上に「イランの国旗」「ア
メリカとイギリスの国旗の合成?」「サウジアラビアの国旗」「フランスの
国旗」があります。「アメリカとイギリスの国旗の合成?」をクリックする
と、英語で表示されますので、なんとか読めます。

簡単に意訳しますと、こんなことが書かれています。

大統領は1955年にテヘランから東へ90kmほどにあるGarmsarという村で生ま
れた。生まれる15年前の1940年8月に、ムハンマッド・レザー(バーレビー
王家)が皇帝の地位につき西洋による傀儡政権が成立した。その後は、科学
の発達を伴わずに、西洋は文化や製品を持ち込んだ。

だんだんと貧しい人たちが増えていった。
ホメイニ師が立ち上がったが、皇帝は彼の支持者を残酷な拷問にかけた。
イスラム革命の14年前にホメイニ師は脱出した。その後、莫大なお金をかけ
てペルセポリスにてペルシャ王朝2500年の式典をやっているのを覚えている。

一方、私の家は貧しく小さいときから両親を手伝った。父は小学校6年まで
の教育しか受けていないが、毎日新聞を読むほどの人だった。私は運よく成
績がよく、勉強を人を教えることが多かった。高校生のとき大学資格試験を
受けたとき、40万人中132番をとることができたので、テヘランにある工学
部に入学することができた。イスラム革命の3年前である。

その頃、イスラム革命のデモが多くなった。皇帝は学生がデモに参加するの
を禁止した。しかしデモが大きくなっていき、やがて皇帝は追放された。そ
の後、ホメイニ師がイランに戻って歓迎された。イスラムの教えに基づいた
イスラム共和国が成立した。

アメリカとイギリスは、イラクを後ろで操ってイランに対して戦争を起こし
た。イランの若者はみんな戦争に参加した。サダムはアメリカの援助による
化学兵器を、イランに対して使った。8年間の戦争のあと、1988年ホメイニ
師が亡くなる1年前に、国連安全保障会議がイラン・イラク戦争を止めるこ
とができた。

イラン大統領は保守派の苦労人のようです。
イランの人に会ったときの印象は、誇り高い人たちでした。イランの町も都
市部は近代的な様子で、隣国のトルコやパキスタンよりも洗練されていた印
象があります。

イスラム革命前は秘密警察がいて怖い国だったようですが、一方で積極的に
外資を入れて工業化の道を歩んでいました。国内は高速道路で東西南北が結
ばれており、国内線の飛行機も多いという印象があったと思います。

石油産油国で埋蔵量も多いので国民の生活は周りの国に比べるとよいと思い
ます。ただイスラム革命のあとで、外国からの物資が途絶えてしまい、自動
車やバス・トラックの部品が手に入りづらくなったり、電化製品も輸入がか
なり制限されてしまったので、故障品が多かったし中古品がかなり流通して
いました。イスラム革命後の8年、イラン・イラク戦争時の10日間ぐらいの
印象なので特別かもしれません。

いまはこうして、大統領のブログを発信するぐらいコンピューターも普及し
ていると思います。サーバーを分析するとWindows 2003 Server+Visual
Basic .Net で発信されているのが皮肉のような気がします。ここはLinux+
Apacheを使って欲しかったけれど、ペルシャ語は難しいのかな。

1951年当時、イランにモザデグという人が社会主義政権を作ったのですが、
その後CIAがモザデグを暗殺しました。1953年にバーレビーが復位しまし
た。1973年に別の南米の地理でアジェンダ大統領という社会主義政権ができ
たときも、ピノチェット将軍をそそのかして援助して社会主義政権を潰して
いる。

反対をいうと、北朝鮮を支えている旧ソ連や中国もあり、アフリカではソ連
や中国が支えていたし、いまもどうだか。

中東の利権を確保するために、アメリカやイギリス・フランスは好き勝手な
ことをやっていたわけですが、それがまずホメイニ師らのイラン人が反旗を
振りかざし、そしてイラクのフセインが歯向かい、そして再びイランが核兵
器を持ったりヒズボラを影で支えて歯向かっている。

私たちは欧米のメディアしかみないし、その情報しか知らない。しかし、歴
史の反対側にはもう一つの真実がある。それがこうして、イラン大統領のブ
ログという形で出てきたのは面白いと思います。

硬い話ばっかりで申し訳ないので、軽い話を

イラン人って美しい人が多いですよ。
みんなベールをかぶっていて顔が見れないのは残念ですが、お父さんがス
コットランド人でお母さんがイラン人の、キャサリン・ベル

http://images.google.co.jp/images?q=Catherine+Bell&hl=ja&lr=&rls=GGGL,GGGL:2006-17,GGGL:ja&sa=X&oi=images&ct=title
犯罪捜査官ネイビーファイルというアメリカドラマの主人公をつとめています。

またイランで有名な女優である ヘディエ・テヘラニだそうです。
http://reshadinezhad.tripod.com/HEDIE_TEHRANI_PHOTO/images/1.jpg

イランって言葉は、アーリア人の国という意味だと初めて今回調べて知りま
した。イラン・イラクって紛らわしい名前だものね。(イラクは、古代セム語で2つの川の間という意味だそうです。世界史で習う四大文明の一つがチグリス川、ユーフラテス川で生まれたんだものね)

Written by in: 楽天日記 | タグ:

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