7月
14
2006

夫婦で小学校の個人面談へ

フィリピン女性と結婚して予期していないことがあった。
彼女は結婚前に日本に来る経験どころか外国へ行ったことがなかったので、
日本に来ていろいろな問題があると予期していた。それは主に言葉と文化の
問題であるが、なんとかなるだろうと思っていた。

私たちに子どもができて産婦人科へ行ったころは、妻は全く日本語がわから
なかったので私が通訳でいつも行っていた。それどころか保健所が主催して
いる母親教室へも、私が同行した。

それから子どもが幼稚園に入り小学校に入る頃には、妻は日本語で会話がで
きるようになった。多少怪しいけれど。

しかし、学校から渡されるプリントは全く読めない。最近はふりがながうっ
ているが、妻は面倒なのか「私に読め」という。
それだけでなく、学校から連絡帳をもってくるが、それも読めという。娘は
大きくなったのでもう連絡帳は必要ないが、ADHDの息子が起こすトラブ
ルのため、連絡帳が先生との交換日記のようになっている。

「今日は、友達のA君を叩いてしまいました。音楽の授業でじっとしていら
れなくて教室を飛び出し、その後太鼓のバチで友達のB君を叩いて、そのあ
とバチを折ってしまいました。」
「ごめんなさい。A君とB君は大丈夫ですか?今晩電話をしてみたところ、
大事に至っていないそうです。私の方からご両親に謝罪しておきました。ま
た息子にも注意しておきました。『決して叩かないで』と。」

なんて感じで連絡帳に毎日のように書いていました。
辛いのは仕事で疲れているときに、私が交換日記を書かなくてはならないこ
とである。妻に読んであげて、そして妻の意見を聞く。でもたいていは、私
が妻の言っていることをまとめて、書かなくてはならない。先日は、ちょっ
とぶちきれてしまった。

「たまには、自分で英語でかけよ。いつも俺ばかり書いて。」
「いいわ、ダーリンのしごと」(ダーリンと呼ばれている)
もうっ、、、、

「Thank you for educating Tatsuya. We always feel appreciated.」

英語で書いちゃった。

妻の通訳を勤めるという状況は、妻がうまく表現できないことを補ったり、
妻が解釈できないことを私が伝えたりという、補助的な段階に移ってきては
いるが、相変わらずである。

そのため、何かの折に夫婦で行動するので「あらっおやさしいご主人ね、い
つも仲がいいのね。」と言われるが、ごく普通の夫婦である。

前フリが長かったけれど、今日は息子が1ヶ月に1度の病院へ行く日でも
あったのだけれど、偶然に小学校の個人面談と重なった。娘と息子の面談へ
夫婦ででかけて、その直後に病院へ行くことになった。

娘は学級委員にもなったり、バスケット部に積極的に参加しているし、品行
方正なので特に問題はない。同級生とうまくやっている点は、尊敬するぐら
いだ。成績の方はトップというわけではないが、まあ悪くはない。

息子は、2年1組と特殊学級の両方で個人面談があった。
4月の頃に比べると、かなりよくなっているそうだ。
普通学級と特殊学級を行ったり来たりするのが、彼にとって安定するみたいだ。
学業の方も、普通学級の中でもいい方だという。

1年生のときのように一時はどうなるかと危惧していたが、先生、親、医者
とも活路を見出せたような気がする。

とはいっても、月に2、3回息子の調子が悪いときは、すぐに友達を叩いて
しまったり、悪い言葉を使うそうである。でも以前とは違って、教室を抜け
出して走り回るようなことはなくなったみたいである。小学校1、2年の頃
は、何が良いか悪いかわからず本能で動いてしまうようだ。本人はわざと
やっているわけではなく罪はない。

子は親の鏡と言われる。

子どもを育てることは、もう一回自分が育てられることでもある。
子どもを見て、自分のいいところや悪いところを再発見する。
悪いところはよくしていかなければならない。

子どもは親を見て育つから、親もうかうかしておれません。

Written by in: 楽天日記 | タグ:

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