6月
26
2006
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ミツカンの酢の里

私は愛知県の半田市の半田高校へ通っていた。高校時代は受験と将来のこと
ばかり考えていて、あまり高校生活を楽しんだという覚えがない。すごくし
んどい時代だった。

田舎の街だからとバカにしていたのだが、優秀な人を輩出しているし、優れ
た企業もある。その一つがミツカンだ。本社も半田市にある。

子どもの頃は、中埜酢店という古い名称にミツカンというブランドを有して
いたと思う。いまや日本で酢のナンバー1のシェアをとり、酢を中心とした
食材から広げてさまざまな食品やバイオ製品を手がけている。

今日子どもを連れて、ミツカンが提供している博物館「酢の里」を見に行った。

http://www.mizkan.co.jp/sunosato/

子どものためといいながら、やはり起業のしかたに目が向く。
ミツカンの発祥は200年前に遡る。代々造り酒屋だった中野家の分家である
中野又左衛門がそれまで捨てていた酒粕の利用方法を考えていたところから
始まる。それを苦労して酢に転用することに成功する。同じ頃、江戸時代後
期1800年頃ににぎり寿司が流行り始める。その寿司飯に使われるお酢として
この酢が喜ばれた。色は赤くて甘みがあり、ごはんに混ぜると金色になった
そうだ。昭和初期までその酢が使われたが、第二次大戦で贅沢品として作ら
れなくなった。30年ほど前に復活させたが、もう人々はそれを忘れていたそ
うだ。

つまり寿司が流行ったことで、この中埜酢店は成功の礎を築いた。
酒が酸化すると、酢になる。これは高校の化学で自明なことである。
CH3-CH2-OH + O2 → CH3-COOH + H2O

だから酒をつくるところでは、酢をつくるようなところはたくさんあったは
ずだ。だけど多くの会社は酒をつくることだけを尊んでいて、酢を作ること
は大切に思わなかったのではないだろうか。この中埜酢店だけがそれを大切
にして、専業にした。それが日本で一番のシェアをとり、社員2000人以上で
年商1000億を超す一流企業になっている。一方で日本酒を作ってこれだけ大
きな会社になっているところはない。

知多半島には、他にも東海市からカゴメという会社が出ていたり、常滑市に
はINAXがある。三河地区のトヨタ自動車関連、浜松や豊橋にはヤマハやホン
ダなどいろいろ創業精神にあふれるメーカーがあるもんだなぁ。