5月
30
2006

守護霊とか前世とか、、

娘に「前世とかあるの?」と質問を受けました。

うーん、どうなんでしょうか!!!???

宗教と政治の話は、タブーと言われます。飲みに言ったときに、天気やニュースの話題ならば、共感を持って話すことができるけれど、宗教と政治の話になったときにみんなスタンスを持っているので、共感を持つことができません。日本では政治はあまり気にならないの、政治はどうでもいいのかもしれませんが。

宗教となると、多くの人は元旦は神社へ行って葬式は仏式でクリスマスを祝います。
私は外国の人に、「日本人は神を信じていないんだろ?」と言われると、日本は「日本教」だと答えていました。イスラム教の人は、宗教を信じていない人は野蛮人だと思っている人が多かったので、説明に困ったのでそう答えました。本当は日本では宗教を信じていなくても、それぞれ信じているものがありきちんと整っている平和な国だと言いたかったのですが、彼らがどこまで日本のことを知っているか疑わしかったので、面倒を避けたというのが本音です。

でも実際に、日本人はなんらかの確固たる信念や信条や規範を、子どものときに身に着けていると思います。それが外国でいう宗教ではなく、古くは武士道精神や教育勅語、いやもっと前から文化として蓄積されたものだと思います。東南アジアのフィリピンなどは近代からの歴史から始まりますが、キリスト教の個人主義よりもアジア共通のものとして家族を中心とした親や年配の人を敬う精神は日本以上に高いです。

話は戻って、守護霊とか前世とかテレビの「オーラの泉」があったり、いろいろなところで昔から取り上げられています。私はこれについてはよくわからないとだけ答えるしかありません。

科学の話を持ち出すと、「科学者は証明されたものしか信じない」という返答があります。
本当は「証明されたもの以外は、仮説にすぎない。」というのが答えであるべきですが、「信じるか、信じないか」という二者択一になったときは議論になりません。「議論にするべき問題ではない」といわれたら、もう話ができません。

前世ってあるかもしれない、守護霊ってあるかもしれない、そして今の科学ではわからないことはたくさんあるから、それは本当かもしれません。

私たちの身の回りはわからないことばっかりです。
子どものときは大人になればすべてわかるだろうと思っていた。しかし大人になって、ものごとは少しわかったが、わからないことばっかりだ。そのわからないことに対して、私たちは一定のわかったふりをしなくては気がすまないようだ。車のエンジンについて、おおよそこんなふうに動いているのだろうと考えるが、実際のしくみはわからない。パソコンも同じだ。

会社ってこういうもんだと、あの人はこういう人だと、何でも自分でこういうものだと決め付ける。
では、人生ってどうやって生きるものか?何のために生きるべきか?死後の世界は何なのか?こういった問題は答えがない。でも答えが欲しいと思えば、宗教から答えを教えてもらうしかない。

ん?、やっぱりわからん。
なんかあるかもしれないし、ないかもしれない。というのが、娘に対しての答えだった。

Written by in: 楽天日記 | タグ: ,

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