5月
16
2006

サッカーワールドカップの選考

フォワードで久保選手が外されて、代わりに巻(まき)選手が選ばれた。
久保選手は潜在能力が高かったけれど怪我をしている。
巻選手は精神力がタフだという。

ジーコ監督は、選考に頭を絞ったに違いない。
選考から外された人の気持ちをわかっているに違いない。だけど、日本というチームのベストのメンバーを選ぶときは一人一人の能力よりも、23人あるいは11人の総合的な能力がベストとなるように考えなければならないだろう。そして予選を突破するために、敵を分析して、どんなメンバーがベストになるかと。

1998年に代表から外されたカズ、2002年の代表から外された中村俊輔のそのときの気持ちを思うとやりきれない気がする。どちらも可能性が高かったし本人もやる気満々だったのに、外された。

私も小学校6年に遡るが、市の小中学校の体育大会で走り高跳びの選考練習に参加していた。
選ばれるのは選手1人補欠2人だ。
毎日授業後に運動場へ行って、2時間ぐらい練習したであろうか。
私は小学校のとき体育が苦手だったが、不思議とこの走り高跳びはクラスで1位か2位だった。それで誘われて練習をしていた。毎日一生懸命やっていた。
1学年で3組あったので、順位は3番目か4番目だった。だから選ばれるかどうかはギリギリだった。
そしてある日、今日の練習試合で選考をすると担当の先生が言った。

がんばったが、1番目になれなかった。
だけど同点2位になった。これで3番以内に入ったので、補欠には入れたと思った。

しかし、私は補欠に選ばれなかった。
私よりも成績の悪い別の人が選ばれた。

担当の先生はK先生といって学校でも優秀な先生で通っていた。しかも5年生のときの担任だった。

私はショックだった。なんで選ばれなかったのかと。
たぶん俺は嫌われたんだ。選ばれた人は好かれたんだ。

それから、「先生を信用できない」というトラウマが今でも残っている。

それから選考会には参加しなかった。またスポーツというものに対して、そのトラウマが影を落とす。中学校のときもバスケットボールを途中でやめてしまった。

自分が大人になって、大人も先生も所詮人間であるとわかった。当然、理不尽である。見た目9割で選ぶ。
私は小学校6年のときのことを云々するつもりはない。しょうがないことだ。

そのとき、なぜ私は先生に詰め寄って説明を持たなかったか?
その結果にめげず、なぜやり続けなかったか?

周りの人間関係や環境はどんなしうちをするかわからない。それを人のせいや状況のせいにしてはいけない。どんな状況でもベストを尽くして、運を待つ。

このことはいままで誰にもいえなかったが、娘と息子に同じことを繰り返さないように言っておきたい。

カズは今年の代表選考に外れたが、4年後に43歳になっても挑戦するそうである。
中村俊輔も4年前の選考を外れてから、イタリアへでかけて「俺を選ばずに損しただろ!」といわんばかりの活躍である。
久保選手も4年後を目指してがんばって欲しい。

そして、日本代表も自分のために悔いのないようにがんばって欲しい。夜中に試合見るからね。

Written by in: 楽天日記 |

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