5月
14
2006

脳の能力

「ランニングと脳」という本を書いた元京都大学霊長類研究所所長の久保田競(きそう)さんによれば、人間の脳の能力は人によってさほど差がないという。

チンパンジーと人間の遺伝子はほとんど違いがなく、99.99%ぐらいまでが同じ。
だとしたら、私とあなたは親が違っていても99.999999%ぐらいまでまったく同じ遺伝子ではないか。

人は遺伝子の設計から作られているけれど、年とともに人間としては多少違いが出てこよう。
だけどそれは本質的な差はさほどないそうだ。
育ってきた環境と気質によるものが、大きな差となったまでだ。イチローにだって、もし筋肉の衰えがなければ全員がなれるかもしれない。短距離の100m競争だって、無理して10秒を切る必要はない。20秒かかってゴールを切ればいいのである。要は目的を成し遂げることが大切だ。何回もやっているうちに、少しでも早くなるだろう。いまは未開発でも、ながくやっていればそのうちなんとかなる。

身体の問題があるから、40過ぎてプロ野球選手になるのはちと難しいが、ビジネスの世界ならばまだまだだ。
ビジネスの世界は瞬発力が求められることよりも、じっくり長期にかけてやることの方が多い。
10分で仕上げろというよりは、1時間でとか、1日でとか、1ヶ月でというものの方が多い。

だから焦らずこつこつと「うさぎと亀」の亀のように地道にやっていたほうがうまく行くような気がする。
うさぎはゴールの方向しか見ていなくて、亀はゆっくり歩いている間に周りの景色を見ながら状況判断をしている。

私は大学は数学科に所属していたが、ある試験で「教科書でも何でも持ち込み可、人に聞いてもOK、何してもOK」という問題が出されたことがある。夕方5時までに答案を持ってくればいいのだが、それは「まだ解けない」問題だった。フェルマーの定理と違って有名ではないが、そんな感じの解法がわからないものだった。先生の意図はそれを解かせるために、どれだけいろいろ考えることができたかというものだった。

世の中の問題には答えがない方がいい。正解はたくさんあるけれど100点はないし、その状況によって点スルは変わる。だから答えのない問題に対して、解法を考えて、こつこつと積み上げていくのがよいのではと思う。

さて前述の久保田競さんによれば、脳の発達は死ぬまで続くそうである。
よくプログラマー35歳定年説だとか、40、50歳を過ぎると能力が落ちてしまうとか。それは、私はないと信じている。自分に限界を感じたときから、自分の能力の壁をつくってしまう。「あーあ、俺はこの程度なんだ。」とか「若いものには勝てない」とか。

私たちは経験を積むとずるくなる。あれはそういものなんだというように捉えてしまう。
モノや人に対して、レッテルを貼ってしまうのである。
例えば、同僚にAさんという人がいて、「Aさんは無口で引っ込み思案だから俺とは合わないかもしれないなぁ」とAさんを定義してしまう。Aさんは無口で引っ込み思案は俺が思っている視点で、本当は違うかもしれない、それは事実かもしれないがリーダーシップを発揮する人かもしれない。なぜそんなふうに定義づけてしまうかは、習慣付けてしまった結果の学習によるものである。自転車に最初に乗れるようになるまではすごく苦労したのに、一度その技術を獲得すると自転車を乗るのは簡単になる。人間の脳の情報処理を容易にするために、繰り返し起こる動作は簡単にできるような学習をえるのである。

それが普通の生活でも行われる。会社に入ってすぐのときは、報連相を叩き込まれたりして社会人としてのノウハウを身につけるのは大変であった。それが2年、3年経つと平気になり、やがて会社のやり方というのが身につく。上司Bに対してはこう接すればよい、同僚Cとはこういえばうまくいく、部下Dに対してはうまく管理できるようなコツをえるとか。

また、レッテルを貼ることで脳の情報処理を簡単に済まそうとしているのだ。
人は瞬間に7つのことしか記憶できない。これを短期記憶の「マジカルナンバー7」と心理学ではいう。電話番号が7桁が一度に覚えるのはベストで、それ以上のことはなかなか一度に取り扱うことはできない。詳しくというと7というよりも、6?8ぐらいらしい。

だから比較検討するときは7つのデータぐらいがせいぜいだ。余分なことを言っても、それは脳から除外される。そういう意味で、モノや人にレッテルを貼るのは脳の情報処理にとって、楽なことなんだ。これが逆に物事を簡単に片付けてしまうという欠点になる。

私たちは社会経験でこのようなことを学習していく。しかし、それに染まりすぎるとその枠から逃れられなくなる。転校や転職した経験があれば、前とやり方が違うなと感じることがあるだろう。でも学習量が多くなり、固い枠を作ってしまうと、自分がその枠からなかなか抜け出そうとしないのだ。

枠を取るのは簡単だ。
例えば仕事を辞めればいい。
右利きの人は左利きになるように努力すればよい。
時計を左手から右手へ移してみればいい。
毎日着る服の種類を変えてみる。
好きな音楽を聴かないようになり、正反対の音楽を聴いてみる。
好きな食べ物を食べず、嫌いなものを食べてみよう。

なんて自分がつくった枠を一度乗り越えてみれば、以外に簡単なものだと気づく。

私は41歳だが、自分の環境や考えの枠を取っ払って仕事をすることを試みてみる。
ときに、それがおそろしくなるときがある….
そしてまだまだこれからも能力が衰えず、よりよいソフトウェアを作れると信じたい。

Written by in: 楽天日記 |

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