5月
11
2006

続・経営理念は、憲法それとも宗教の教義?

昨日は、経営理念は宗教の教義ではないかと前フリをしたところで終わってしまった。

会社って、組織って、何のために集まるのであろうか?

・一人では成し遂げられないことを、複数の人が実現すること。
・人に頼って生きていくため
・お金をもらうために、労働を提供する
などなど

当たり前のことなんだけど、人が集まるのはどうしてだろうか?と思った。

いまは一人でモンモンとプログラムを組んでいるからそう思ってしまう。

人間は社会的な動物で、蟻や蜂のように社会を構成している性質と、家族を単位として生きるか個人を単位としている性質もある。

大きな会社が一つの意思を持って成立しているのはどうしてなのだろうか?
大きすぎる会社は文化というのはあるだろうが、一つの意思を持っているとはいいにくい。人と人とを結びつける、「静電気」みたいな肩を寄せ合うという力でつながっている気がする。

一方、宗教でも日本の仏教や神道のようにゆるい宗教もあれば、結束力が固い新興宗教もある。新興宗教はなんか洗脳されたように教義については疑いをもたない。ベンチャーで伸びている会社はこのタイプだ。新興宗教が生まれても大きな組織にならないものがある、それはなんとか生き残っている中小企業かあるいはそのうちつぶれていくベンチャーのようなものかもしれない。

宗教は人々に安心を提供して、収入を得ている組織というのは言いすぎだろうか?
私たち人間は不安から逃れることができない。その不安を少し和らげるそんな組織かもしれない。

その中で経営理念というのは、般若信教や十戒なのかなと思う。

自分の会社の経営理念は、教義を述べるというのはおこがましいので、つまるところ自分の行き方を要約したものにしないといけないかなと思った。ミッションステートメントなんていう、かっこいいのはやはりアメリカ人的だしな。

Written by in: 楽天日記 | タグ:

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