3月
29
2006

フィリピンでの結婚 その1 結婚の手続き

今日は12年目の結婚記念日ですが、自宅で妻がご馳走をつくってささやかに祝いました。娘が私たちにノートとペンをプレゼントしてくれました。娘には感謝しています。

自分でつくった、楽天日記バックアップソフトを使って、1年前のブログを読んでいました。
誕生日は自分で言っていたのに、結婚記念日はだまっていたみたいです。

ちょっと照れくさいのか、それともどうどうと胸を張る気になれなかったのか、自慢話をするのが嫌だったのか、照れくさかったのか、、あまり自慢話をしても聞く人には気持ちがいいものではないと思います。

だから辛い話も失敗話もなるべくするようにしています。

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結婚までの経緯を簡単に述べます。
妻と知り合ったのは、12年半前の夏1993年8月でした。

それから手紙をやりとりして、1994年1月に妻の実家で再会しました。
フィリピンのボホール島のロアイという街です。
私は「かわいい子」に会いにいくというぐらいの軽い気持ちで行きました。

彼女に会う前に、自分の英語力がそこそこ上がっていて、外国人と初めて英語で気持ちの交流ができたことに感動していました。そこで、たまたまあった「かわいい子」と少し会話をしてみたいなという気持ちぐらいだったのです。

男ですからそこには多少のロマンスもあればいいなと思ったぐらいでしたが、2週間ぐらいの滞在で、彼女と結婚することになってしまいました。この年の4月から大学院の修士過程の社会人入学する予定だったので、結婚はまだ先のことだと思っていたのですが、彼女は本気になっていて、このまま「結婚しない」と言ったら私は彼女の親族に殺されてしまうかもしれない。いやそれよりも彼女の気持ちを大事にするべきだと思ったので、結婚を承諾しました。

一度日本に帰国して、大学院の先生や友人、会社の元同僚にも、「結婚する」と伝えました。みんな電光石火のごとく結婚するなんて、驚いていました。この前大学院に入って研究するといっていたではないか、自分でもわけがわからず、事務的に結婚の準備を進めていました。

両親は意外にも結婚に承諾してくれました。私は風船のように風のおもむくまま、気のむくままふわふわと飛んでいきます。将来はどうなっているかわかりません。私自身に錘をつけたほうが良いかなと思ったかもしれません。

結婚というとラブロマンスなはずですが、事務手続き上の難題がたくさんあったので、それどころではないと思いました。

結婚にあたって、難題がいくつも横たわっていました。
・大学院への受験はパスして、1994年4月から名古屋大学大学院へ入学すること。
・入学するときに、入学金免除と学費免除を申請すること。
・結婚の手続きをすること
・彼女が来日できるかどうかの対策を調べること
・結婚の日程を確定すること
・両親が結婚式に参加できるように、ツアーの準備をすること
・自分のフィリピンへの航空券とお金を用意すること
・妻に結婚準備のお金を事前に渡すこと
・結婚前に、妻がフィリピンで自動車免許をとること

<大学院の手続き>

大学院のことは自分で書類を書いて、あとは両親に託しました。細かいことはフィリピンからの手紙と国際電話で指示しました。当時はインターネットがなく調べるのに難儀しました。結局、外務省と東京のフィリピン大使館へ行って、いろいろな質問をしました。電話だって、ジープニーに乗って30分かかってタグビラランという州都へ行くか、5分かかって電話が一つしかない田舎の電話局出張所へ行くしかなかった。紙に相手の名前と電話番号を書いて、10分ぐらい待つと読んでくれる。そして初めて電話ができるような感じです。

今では携帯電話が普及しているので、そのとき携帯電話があれば自分で買っていたでしょうね。そうでなくてもICテレフォンカードを使う公衆電話がありますから。ちなみに妻の実家の部落には電話が引かれていなくて、もし日本からかけるとすると、、、、、電話局の人が専用のジープニーで迎えに来てくれます。そのジープニーに乗っていって、電話を受けます。電話を受信するだけで大仕事です。少しお金を持っている人は、無線で話したりするか、専用のアンテナを用意して電話局から電波でやりとりをします。

<結婚の手続き>

結婚の手続きは、法律的な手続きと宗教上の手続きがあります。
フィリピンの結婚制度は、宗教とつながっております。妻の宗教はカトリックなので、フィリピンのカトリック制度に基づきます。最初結婚式には、最低1ヶ月かかるといわれたので、私は結婚のために6週間滞在しました。私は大学院に入る直前だったので、そういうことができました。普通のケースは、時間調整をした簡略的な結婚式になります。

2月23日、私は市役所で自分の戸籍謄本を持って、フィリピンへ行きました。
妻に手紙と電話で指示して、マニラで待ってもらうように頼みました。彼女は船で3日ぐらいかけてボホールからマニラへやってきて、マニラにいる親戚の家に泊まっていました。空港まで迎えに来てくれました。

彼女以外に親戚の男たちがボディガードとして来てくれていました。女性や外国人がマニラで夜に行動するのは危ないのです。その日は2人でモーテルに泊まりました。私は男たちに少し小遣いを上げました。1人1000円ぐらいですが、1日の稼ぎとしては悪くないと思います。結婚前の若い男と女がモーテルで泊まったのですから、若いっていいですね。

翌朝、日本の円をフィリピンペソに両替して、日本大使館へ行きました。「結婚具備証明書」というのをもらうためです。これは戸籍謄本を日本大使館が保証して、この日本人が独身で結婚可能だということを証明するものです。そして、フィリピン航空の事務所へ行って、ボホールへ行く飛行機を予約します。2日後ですが、妻にとってははじめての飛行機です。50人乗りのプロペラ機です。片道1人5000円ぐらいで、安いです。妻の親戚にあって、お土産を渡します。私はお金をあまり持っていないし、結婚後の生活もあるので、かなり節約していました。彼女がマニラに滞在するときは、いくばくかのお金を払って、親戚の家に泊まってもらうように頼みました。

翌日、日本大使館へ行って「結婚具備証明書」を受け取りました。
午後、彼女とマニラの街をデートしました。マニラ公園へ行ったりしたと思います。
途中、彼女の家に電話をかけたと思います。これも電話局へ行って、妻のお父さんが仕事している隣の家に電話をかけます。そして、「明日、ボホールへ帰るね」と伝えます。その後日本から電話をしたりするのが不自由なので、お父さんの職場と実家に1台ずつ電話を買ってあげました。最初の料金が5000円くらいで、毎月1000円払えば同じ地域はかけ放題というシステムです。しかし、妻の弟がマニラにいる女の子へ長距離電話をかなりかけてしまって、お金が払えず電話はなくなってしまいました。

2/25、彼女の故郷のボホールへ飛行機で行きました。
プロペラ機はうなっていてうるさく3時間半かかりました。今はボーイング737が飛んでおり2時間かからないのですが、昔ですものね。空港は僻地にある掘っ立て小屋みたいな感じですが、家族が待っていてくれました。その日は、妻の家族に挨拶をしました。一番上のお姉さんとは映画が通じたので、やりとりをしました。私の発音はわかりにくいと言われました。

2/26 フィリピンの結婚の手続きです。
フィリピンの結婚は結婚式をしないと認められません。日本は書類一つですみますが。
結婚式は教会でやるか、裁判所です。

ほとんどの国際結婚のケースは裁判所で行います。
正式な手続きは裁判所で結婚式を行った証明書を発行してもらいます。その後で、次回にフィリピンへ行ったときに教会で再度結婚式をするというケースが多いと思います。裁判所はお金がかからず、手早くやれるので、妻の兄弟の多くも裁判所で行います。

私は結婚式に最低1ヶ月かかるといわれたとき、びびりました。どうやって、結婚するの?
私のカトリックの結婚式の準備はこんな感じです。

まず役場へ行って、結婚式の申し込みをします。
結婚具備証明書を提出して、結婚申請ができます。その後、2週間役場にこの2人が結婚するという告示がされます。重婚だったり、違法行為を犯していたりする場合は、この期間中に結婚の異議を唱えることができます。結婚申請のときに、結婚式は教会でやるか裁判所でやるか聞かれました。このあたりは、英語で会話ができて文書も英語なので助かりました。わからないことは妻と2人で尋ねて、一つ一つクリアしていきました。

同じ日にすぐに、教会へ行きました。役場からもらった申請書のカーボンコピーをもって、まず彼女の教区の教会へ行きます。どこで結婚式を挙げるか、その日は詰まっていないかを確認するためです。本当は彼女の教区の教会で結婚するのですが、私の両親と妹が参加する予定なので、タグビララン市で行います。そして、教区の教会で紹介書のようなものをもらって、タグビララン市の教会へ行きます。

古いつくりの教会がよかったのですが、オープンエアーの教会となりました。
こちらの方が気持ち安いみたいです。近くにレストランがあり、結婚式後の披露宴も妻が考えていたようです。私はこのあたりはまったくわからずじまいで、妻の後を付いていきました。

オープンエアーの教会で神父さんにあいました。ジーンズとTシャツ姿だったのですが、妻から「神父さんだよ」と言われてびっくりしました。結婚式の日程と手続きと準備の確認です。日程は空いていまして3/27(日)の11時からだったと思います。10時くらいに洗礼があり、その後ということでした。

3/27(日)に決まったのは、2つの理由です。結婚式に1ヶ月かかるということと、名古屋からセブへ飛ぶツアーが3/26(土)発だったのです。名古屋からマニラへ飛ぶ飛行機はあるのですが、セブへ飛ぶのはチャーター機です。たまたま大韓航空で見つけて、それを予約しました。そしてセブからタグビラランへ飛ぶ飛行機も予約できて、その飛行機の到着時間が結婚式に間に合うという、いくつかの条件が会うのはそれしかないのです。3/28(月)も可能ですが、日曜日の方がたくさんの人に来てもらえるし、私の家族も結婚式後にゆっくりできるだろうということで、3/27(日)11時、これがベストとなりました。

教会での結婚式も時間がかかる理由は、毎週日曜日のミサで「この2人の結婚を宣言する。みなさん祝福すしますか?」という宣言があります。最初のミサの宣言を、First Callingといい、2回目のミサをSecond Calling、三回目のミサをThird Callingといい、この3回の宣言が終わると結婚式を開催してもよいということになります。ミサは1週間に1回ですので、最低でも3週間かかることになります。

神父さんから、いくつか質問がありました。式は英語でやるか、ビサヤ(セブアーノ方言)か、タガログ語か?英語にしました。結婚セミナーはいつにするかと聞かれました?来週の水曜日になりました。あとは手数料を払いました。私の宗教のことが問題になりました。一応仏教と答えました。すると、仏教は結婚について、何か特別なことはあるか?うーん、よく知りません。特別なことはないと答えました。

私個人の宗教観は、いろいろな宗教が混じっていて、どの宗教についても尊厳の気持ちを持っています。どの宗教が正しくて他の宗教が間違っているということは思いません。どれも正しい、それでいいじゃないかと。

次は結婚式の準備です。
ここまででも複雑なのに、結婚式の準備も大変でした。

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