12月
29
2005

沖縄旅行2日目(琉球村と海中道路、そして素敵なホテル)

朝7時前に起きる。子どもたちは「怪傑ゾロリ」を見た後に朝食を取りに行くと、既に外に列を作っていた。後でわかったけれど、みんなツアー客だ。バスが3台と私たちのようなレンタカーが数台、そして普通の沖縄ナンバーの車が少し。朝食はバイキング方式だけど、味はまあまあ。

昨日は夜着いたから景色は全然見えなかったけれど、朝に走る景色は美しい。
町並みや樹木はフィリピンのものと似ている。南国だから当たり前かもしれない。私たちにとっては、フィリピンの田舎町がもう少し発展したらこんな感じかなという印象を受ける。家のつくりもブロックとむき出しのコンクリートで作ってあったりするし、ペンキもなんとなく中途半端な感じ。沖縄の貧しさを感じた。ただ、私はこんな雰囲気が結構すきなんだけれど。

名護へ30分そして、そこから沖縄島の北岸を西に向かって車で飛ばす。国道58号線だ。ほとんど一車線だけれど、景色がおもしろい。名護市役所はレンガとブロック風の建物で面白かった。結局1時間半くらいで、琉球村へ着いた。琉球村は、那覇からは案内がわかりやすいが、名護から来るとわかりづらかった。カーナビも途中で表示をやめてしまったから、困った。

琉球村は、知人から勧められた場所。名古屋でいうと明治村やリトルワールドのようなものだ。沖縄の古い民家があり、そして沖縄の民謡や踊りなどを見せてくれるところだ。レンタカーでもらった地図にある案内をみせると、10%オフにしてもらえた。そして、同時に「ハブとマングースショー」も含めてみた。ちなみに、大人は両方で1100円。琉球村はなかなか楽しめましたよ。民謡と踊りは久しぶりに見たし、いいんでないかい。でも半日で十分だった。「ハブとマングースショー」は30分おきにやっているけれど、司会者が上手だった。30分おきに毎日やっていれば、それは飽きるかもしれないけれどね。

ハブとマングースの戦いは4年前に、動物保護条例が公布されて以来実際に戦うことができないそうだ。そのため、3Dの映画で見ただけだ。ショーの後、ハブの粉や油を販売していて、それを買っている人がたくさんいた。

その後、琉球村を出たところで食事をとる。ソーキそばとそのセットなどを食べる。ソーキそばは、豚のあばら肉とその肉でとったダシに少し細くて硬いうどんを入れた沖縄のうどん。結構おいしいと思うが、油分が多いので、何度も食べるのは嫌かな。どこに行くか迷ったかが、海中道路へ行くことにした。

具志川市というのが、うるま市というのに変わった、その先へ行く必要がある。うるまというのは、美しい海という意味らしい。ただ、まっすぐにいけるような道がなかなかない。そのため、嘉手納とコザ経由(もうかなり昔に沖縄市になっている)で行ってみようと思った。Gメン75’で沖縄の話がよく出てきたことを強烈に覚えているからだ。米兵とコザの歓楽街に絡むいろいろな事件、米兵は犯罪を犯してもすぐに基地に戻りすぐに米国へ帰ってしまうという話だ。

それについて、妻と話したがフィリピンにあるクラーク海軍基地だったかな?そこでもオロンガポ市というのが全く同じ内容か、もっとひどいそうである。今でも売春地帯があり、父親のいない子がたくさんいる街である。沖縄の亜熱帯性の気候、顔つき、食べ物、それらはフィリピンに通じるものがあり、さらに米軍に関わっているところがそっくりだ。そのため、米軍占領時は米軍の仕事で沖縄に来ていたフィリピン人男性と結婚した沖縄女性がたくさんいた。いまはその男女が完全に逆転しているが。重ねて言うが南沙織は、お父さんがフィリピン人である。

途中道も間違えたのだが、英語の看板とときどき米兵が通りを歩いている以外は、全然そんな雰囲気はない。たしかベトナム戦争が終結してから米兵は減ったんだろうな。ベトナム戦争時は、沖縄が兵士が休憩するところだったと聞く。戦争で生き残ると、しばらくここにいて、再びB51でベトナムに向かったそうである。ベトナム戦争は私の記憶は小学校の低学年でしか記憶にない。私より15年ぐらい上の世代は、日本では学生運動、アメリカではベトナム戦争と学生運動、ヨーロッパも同様であった。それに嫌気をさした北欧やドイツ人は、インド、ネパール、アフガニスタンへマリファナを吸いに行ったと聞く。当時沖縄にも、日本人の学生がヒッピーになり、沖縄へ来てさとうきび畑で働いていたと聞いた。それは灰谷健次郎か。

遠い時代のことだとかみ締めて、海中道路へ向かう。
サンゴ礁の浅瀬を埋め立てて、4kmちょっとの道が島に伸びている。途中「海の駅」というところで休憩する。海の色が緑色で、浅瀬のところは白っぽい。サンゴ礁の海だ。これもフィリピンぽいぞ。でもフィリピンはわずか半年前に行ったんだよね。でも妻には12年前から、沖縄はフィリピンが発展したようなところだと言っていたのでわかってもらったかな。島と島が繋がっていて、結局一番先の伊計島まで行った。

そして帰りは、万座毛(まんざもう)という波で岩がえぐれた名所によって、今日のホテルへ行く。ビセナゴルフカントリークラブだ。ゴルフ場では有名なところだそうだ。泊まったところも、別棟の家のようなところで、2部屋あり、それぞれトイレとお風呂がある。そしてプールもある。冷蔵庫にあるものはどれもサービスだから飲んでもいいって。古酒も泡盛もある。これって、スイートじゃない!?こんなところで泊まってもいいのかなという感じであった。最初の予定では、海辺のビーチリゾートだったと思うが、家族向けはこっちなのかもしれない。しかし、この立派なゴルフ場のホテルも、僕らのレンタカー客しかいないみたいだ。昨日といい、今日といい、オフシーズン?のゴルフ場はこうやってツアー旅行者の宿になるのね。というのか、リゾートがバブルではじけて、どこも厳しいかもしれない。

夕食は1人2,625円以下ならば、何を注文しても良いとの事。ステーキセットと飲み物で2500円くらいだったので、このボリュームに満足した。おいしかったしね。自分の家よりも立派な部屋だった。

娘と息子には、素敵なホテルで泊まれたことを例に上げて、自分が金持ちではないけれど「金持道」を伝えた。ちょっとの我慢と努力で、君たちの生活はいつもこういったホテルに泊まり、おいしい食事が普通になるぞと。息子は、食事がおいしいを連発して、「貧乏は嫌だよね。お金を貯めてがんばる。」と素直に言う。最近何かにつけて、「金持ち父さん、貧乏父さん」のフレーズを子どもたちに言っている。「パパは今はお金は少ししかないけれど選択の自由がある。そしてそのうちお金持ちになるからね。君たちも今からお金に対して努力すればお金持ちになれるからね。」

息子にはマーキングしたので、まず間違いないはずだ。

Written by in: 楽天日記 | タグ: ,

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