8月
15
2005

フィリピン旅行の総括

前夜までにすべての荷物をカバンに入れて、朝8時頃に家を出ました。家を出る前に、ロアイから義理の母や親族の何人かが来てくれました。空港まで見送ってくれるそうです。
義理の弟に頼んで、近所のバスターミナルからジープニーを呼んでもらうに頼みました。いつもは定期路線を走っていますが、お金を包むとタクシーのように運んでもらえます。タクシーもあるのですが、ここボホールでは絶対数が少なく割高なので、ジープニーの方が荷物も運びやすいしいいですね。空港まで100ペソ(200円)で、私たち家族と見送ってくれる親族を運んでもらえます。20分ぐらいで空港へ着きました。

飛行機の離陸時間は9時50分です。まだ1時間半ぐらいあります。空港には航空券を持っている人しか入ることができません。そのため、一度親族と離れてチェックインすることにしました。こんな田舎空港でも荷物の中身はチェックしてします。X線で確認する機械はありませんが、2人の係官が中身をチェックしました。その後、荷物を預けたところで、一度空港の外に出ました。親族とのお別れです。義理のお母さんは涙もろいので泣いていました。とはいっても、しょっちゅう電話で連絡をとっていますよ。朝8時半ころでもとても暑いので、我々は空港の中のエアコンの部屋へ入り、みなさんとは挨拶して別れることになっていました。親族のうち何人かとは挨拶できなくて残念です。

私たちの乗るフィリピン航空の前に、セブパシフィック航空のA320の飛行機が飛び立ちました。こんな田舎でも1日2?3便の往復があるんですね。空港の外には日本の会社と思われる旅行会社(アサヒトラベル)があります。1時間ぐらい待っていて飽きたので、また空港の外に出ました。すると見送りに来てなかった親族が3人来ていました。一番上の義理の兄と2人目の義理の兄の妻、そして義理の父の妹さんでした。私は妻を呼び出して、再び別れを告げました。本当にフィリピンは、親族の結束は強いですね。暑いのにわざわざ来てくれています。嬉しかったです。

そして9時50分の定時で飛行機は離陸しました。
1時間10分ほどで11時頃着きました。マニラの国内線ターミナルから国際線ターミナルへの移動です。移動は100mくらい距離があり、また1階から2階へ移動します。あいにくエレベーターが故障していて、いったんカートから荷物を降ろして運ぶことになり、移動に15分くらいかかりました。空港は結構厳重でした。建物に入るのに航空券の2回のチェックがあります。そしてゲートへ行くまでにもボディチェックを含め厳重なチェックがありました。

そうして、無事に日本に戻ってきました。
ただ、航空カウンターでチェックインしたとき、何もいわなずにいたら、往復とも席が窓側とは遠い真中の4席でした。子どもがいるから、窓際がいいんですよ!できれば、窓側2席ずつがいいのにな。今度からちゃんと、”Window Side”と言おうっと。実は私は通路側の方が好きなので、家族のことまで考えるのを忘れていました。

空港はすんなりとおって、空港駅から朝倉駅まで15分ぐらい。そして駅まで母にくるまで迎えに来てもらいました。夕食はないので、コンビニでお弁当やおにぎりを買って帰りました。食中毒の話は後日にしようと思います。イタタタタタ。

ところで、今回のフィリピン旅行にかかった費用は、こんな感じです。

航空券代

国際線 中部国際空港(名古屋)⇔ マニラ
約25万円(4人分)
大人1人6万5千円、子ども1人4万8千円に、燃料追加代、保険代が増えて、さらに空港使用料が請求書に入っていました。

国内線 マニラ⇔タグビララン
約4万8千円(4人分)
これは、国際線と一緒に購入した方が8千円ほど安くなりましたね。失敗!

合計30万円

お土産代
フィリピンの親族へ 約5万円
バーゲンの服、バッタ品の時計、化粧品、チョコレートです。全部で30人分以上です。

フィリピンでの生活費
20万円
この中に12日間の滞在費、家のペンキ代(仕事代)、兄弟に家政婦を頼んだ費用、ハイキング費用、2人分の法要代、雑費こみこみです。
ペンキ代や家政婦の人件費は3万円ぐらいだと思いますが、これで親族への良いお小遣いになりました。

合計で55万円ぐらいですが、航空券代が半分以上かかるのは少し痛いです。

総括

フィリピンについていろいろ批判をしていますが、いいところがあります。
彼らの明るさやホスピタリティです。私が一人でいると、入れ替わりに声をかけてくれたり、気遣ってくれます。彼らといると心が休まる気持ちがします。
日本に帰ってくると、人々は無表情で暗?い感じがします。いつも不安を感じて生きているという気すらします。常に前向きで生きている彼らからは何か学ぶものがあるのではと思います。

悪いところは、近視眼的です。
今日、明日の生活のことしか考えておりません。情報がないのか、周りがそうなのか、それとも生活が大変で今日のことしか考えられないのか。中国系の人(華人)は、先を見て生きているので、そんなフィリピンで成功してきたのではないかと思います。中には成功していない華人もいると思いますが、東南アジアの他の国と同じく成功すべくして成功したのかなと思います。ダンディン・コファンコのことを学んで、そう思いました。大多数はマレー系のフィリピン人ですが、彼らの中にもそういう人がいて成功してきた人はたくさんおります。

持論ですが、熱帯で生活していて年中果物が取れ、米の三期作も可能なこの土地に生きるのは、工夫をしなくても生き残ることができたんだと思います。一方、年に1回しか作物が実らない欧州や中国、韓国、日本などの温帯では、知恵を振り絞らないと生き残れないからその中で鍛えられたんだと思います。モノがないから、努力しないと生きていけないから、今の時代生きていきやすい環境にあるのではと思います。

さらに今の時代の先端の、華僑、印僑、ユダヤ、パレスチナ人などは、自分の国に住まず外に出て生きている人たち。彼らは資産を土地に残さず、教育などの無形資産に蓄えてきたからこそ、これからの時代の人たちだと思います。民族に囚われる必要はないのですが、どこでも生きていけるということができるのが大事だと思います。

・・・・・・・・あ、英語勉強しなきゃ。

Written by in: 楽天日記 | タグ: ,

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