8月
13
2005

フィリピン版 起業バカ 前編

フィリピン人と結婚すると同時に、フィリピンの親族についての悩みが始まります。

まずはフィリピンの状況を簡単に述べてみます。

フィリピンは0.1%のお金持ちと5%の中間層と90%以上の貧乏人からなりたっています。大学を出てやっと仕事にありつけますが、妻のような店員やウェイトレスがせいぜい。高校を出ただけでは仕事にはありつけません。その店員の仕事も正社員にすると企業負担が重くなるので、3ヶ月ごとに解雇して新しい店員を雇うそうです。フィリピンでは実質の失業率は日本よりずっと高いです。

自国では仕事が少ないので、就業人口の10%は海外へ出稼ぎに行っていると言われます。主として東南アジアや中東が多く、アメリカや欧州へ行けるのは幸運だと言われます。男は船乗りになったり、肉体労働が多いですが、中には医者や建築家などの頭脳労働者もいます。女は看護士や家政婦が多いです。日本だけは特別で、美しい女性がホステスとしてやってきます。

つまり、フィリピンでは学校を卒業しても簡単には就職できません。学校へ行っていないとさらに就職は厳しい状態です。職にありつけたとしても、賃金が低く、生活していくのはとても大変です。

マニラで月収は1万円?3万円、妻の故郷のボホールでは5000円?1万円ぐらいが普通です。野菜や肉などの生活必需品がいくら安いといっても、日本の10分の1以下の収入では、大変厳しい状況です。ちなみに生活必需品の物価は、1/3ぐらいです。1日働いて200円?1000円では、食費などで消えてしまい、どうやって生活していくのでしょうか?

日本も高度成長期が始まるまではこの状態でした。アメリカやヨーロッパをとてもうらやましく見ていたものです。私の両親や祖父母らに感謝します。日本を貧困の国から脱出させてくれたのですから。それから、日本は付加価値を生み出さなくてはいけない状況にあります。

特にボーダーレスとなってからは、国境という壁はだんだんと取り払われて、貧しい国で安い賃金で作られた、1次産品、2次産品がどんどんと入ってきます。その中で競争を維持していくのは、新鮮だとか安全だとか品質が良いとかの利点しか残されていません。その差でこれだけの価格維持ができるでしょうか?製品よりは人件費という視点で、私は気になります。

話は戻りまして、妻と結婚したときに、妻の両親や兄弟から援助を申し受けました。妻は日本に出稼ぎに来ていたわけではないので、家族を支えなくてはいけないという責任はありません。それでも、家の改築費用や義父の事業費用を出しました。一度にはなく段階的にです。

最初に結納金として、テレビやビデオデッキをあげました。テレビ、ビデオデッキとも3万円ぐらいのものです。それまでは壊れかかっている白黒テレビしかありませんでした。それから、共有井戸から水を汲むのが大変なので、水道管を引きたいとの申し出がありました。共有井戸までは30mぐらいの距離がありますから確かに大変です。水道管は結局引けず、自分の家で井戸を掘ることになりました。結局20万円ぐらいかかったでしょうか?

それとは別に義父の事業資金として35万円ぐらい提供しました。
事業が成功すれば、妻の兄弟の生活が助かります。義父は横断幕やTシャツのデザイン、ジープニーのデザインを手がけていました。自分の持っているデザイン力や技術力で、自分で事業を切り開いてきた人でした。ボホール州では老舗でそれなりに有名な店です。義父の弟子の中には、フィリピン第2の都市のダバオ市で、ビルを建てるほど大きくした人もいたそうです。しかし、ずっと小さな会社のままでした。事務所と呼ぶにははばかれる、掘建て小屋で仕事をしていました。

ペンキにシンナーを扱うため、どうしてもエアコンの閉じきった部屋の中で仕事をすることはできません。しかし30年同じ仕事をしてきて、小さな掘建て小屋とは残念です。10人の子どもがいるという大きな家族を養ってきたせいかもしれません。35万円提供するにあたって、帳簿をつけるようにお願いしました。11年前は帳簿をつけることにより、入出金の管理と原価計算、キャッシュフローなどを、自分の力でわかって欲しいという希望がありました。

私の元には詳しい、帳簿が届きました。本当は1週間、あるいは1ヶ月での統計値が欲しかった。そして、それを把握したかったのです。いまになって思うと、日本の中小企業の多くも帳簿はつけますが、それの重要性に気付いていないことが多いようです。これらの数値をつけることは目的ではありませんが、年に1回行う健康診断の数値のようなもので、その数値で企業の健康状態を知ってもらいたい。死なないためにはどう対策をとればよいかを知ってもらいたいと思います。数値が悪くても企業は死なないことはあります。しかし、それはすでに死に体で生き返ることはまずないのです。

結局、義理の父に提供したお金は返ってこなくてどこかへ消えてしまいました。兄弟への提供も、数万円の小額を一回だけ許しています。贈与ではなく、貸与という形にしてあります。一番上のお兄さんに貸したお金は少し返ってきましたが、それ以上に返す余裕はないようです。1回目の願いは聞き届け、2度目の借金はしないようにしてあります。妻に言わせると、フィリピン人は恩と恨みは一生忘れないそうです。借金に関してはこちらが言わなくても、ずっと覚えているとのこと。私はこの借金は返してもらえなくてもいいから、ずっと仲良くしてもらえれば安いものだと思います。

片方の実家が貧しければ医療的な援助はしかたないと思っています。自分が妻の立場だったら、自分の両親や兄弟が苦しんでいたら助けざるを得ないと思うからです。ただし、お金をあげることが助けることにはならないと思います。彼らにお金をあげても、生活費の全部か一部になるだけだったら意味はありません。大人だったら自分で生活の糧を得てください。そうでないと、大人になった意味はありません。結婚して家庭を築くのであれば、自分でそれだけ稼いでください。子どもを得るととてもお金がかかります。お金がかかるだけでなく、自分の自由な時間を失います。それが責任です。少なくとも私はその責任をいままで果たしてきました。責任をまっとうするのは大変ですが、ぜひやりとげてください。

もしも可能ならば、大病になったときのセーフティネットは提供したいと思います。しかし私自身もこれからは起業(バカ)しますのでその余裕はなくなるかもしれません。自分たちでセーフティネットを張ってください。

Written by in: 楽天日記 | タグ: ,

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