8月
11
2005

みんなでハイキング、そしてアロナビーチへ

12年前に妻と出会ったところ、アロナビーチへ行きます。

アロナビーチは、フィリピンのボホール州のパングラオ島にあります。20年くらいまえから少しずつ開発されてきました。12年前は本当は私はフィリピンのエルニドへ行きたかったのですが、エルニドへ行こうとしたが8月のフィリピンは雨季であることが行ってからわかった。雨季はエルニドへ行く道がふさがっており、またダイビング人口が少ない。急遽、雨季でもダイビングができるボホールのアロナビーチへ変更した。

そのアロナビーチへ行ったとき、たまたま泊まったホテルのウェイトレスをしていた妻と結婚することになった。結婚後一年後に一度、そのホテルに泊まってダイビングをしたことがあり、今回は10年ぶりに行くことになる。

とはいっても、フィリピンの常識のようなもので、私たちだけが勝手に行けない。必ず家族と一緒にいかなければならない。フィリピンの家族というのは、とても幅が広い。普段付き合いあるのは、三、四親等ぐらいまでだから、だいたい同じである。両親、兄弟、兄弟の子ども、おじさん、おばさんくらい。ときには、いとこ、いとこの子ども、いとこの夫や妻が加わる。フィリピンの言葉でも、いとこ(first degree cousin)、またいとこ(second degree cousin)ぐらいは親戚になる。

というわけで、40人くらい乗れるバスをチャーターして出かけることになった。出かけるときは、親戚の家々を廻りピックアップしていく。最初に作った料理を持ち込み、ときどきお見せによって予約しておいた、豚の丸焼き(レチョン)やバーベキューにしたチキン、コーラーやスプライトの2Lビンを2ケース、サンミゲルのビールの大瓶を数本、コラプというラム酒も数本などもピックアップしていく。

ピックアップするだけで1時間以上かかった。

その後、パングラオ島に入って、Hinaganan Caveへ。小さな鍾乳洞だけど、みんな初めてのようだ。入場料は大人15ペソ、子ども5ペソ、全部で310ペソだった。日本円にしたら、全部でたった620円である。とても小さな鍾乳洞で、地面にある小さな穴をくぐったら、真っ暗であるが、小さな穴から日が差していた。奥に小さな地底湖がある。フィリピンの子どもたちがそこにジャンプして飛び込んでいた。

そこからまたバスに乗って、アロナビーチへ向かうが、団体で入場するのを断られた。今晩は他の家族と別れて、ここで泊まるため先にチェックインさせてもらった。ホテルはAlona Kew White Beach Hotelという。家族4人が泊まれる、スイートルームで1泊4000ペソ。8000円である。たかーい。フィリピンの物価かからかけ離れている。私が昔泊まったときで、200ペソ。当時のペソで800円弱。同じクラスでも、3000円くらいだから、2倍以上になっている。後でレストランの価格をみたら、1.5倍くらいだった。日本に比べると安いものの、とうとうセブとの価格差はほとんどなくなったかもしれない。

もうすぐこの島にはより大きな国際空港ができるという話がある。そうすると大きなホテルでき、小さなホテルやレストランも、セブのマクタン島のように増えていくだろう。そうして観光地化がすすめば来にくくなるかもしれない。また海の美しさも損なわれていく。観光地には黎明期、成長期、発達期、老衰期という企業の成長曲線のようなものがあり、いまここは成長期から発達期にさしかかろうとしている。私個人は黎明期だと不便すぎるので、成長期ぐらいにさしかかるぐらいがよい。

チェックインして荷物を運んで、すぐにバスに戻った。バスに乗って他のビーチを探した。BBC Public Beachというところに行くことになった。BBCというのは、Bohol Beach Clubという、このあたりでは古く大手のリゾートホテルである。20年前ぐらいに開設された。その近くのビーチである。車が20台以上止まっていて、バイクやジープニーもある。

フィリピン人がたくさん来ていた。今日は日曜日だからというのもあるが、海では水上バイクが1台走っていたりすると、フィリピン人の生活も徐々に変わってきた雰囲気がある。10年前と比べてレストランは1.5倍と書いたが、いろいろなものの値段も1.5倍になっているようだ。物価が上がってきたと同時に生活レベルも上がってきたのだろう。とはいっても、後述するがここの収入のレベルは低い。1日に200円ぐらいだ。

ここのビーチもサンゴ礁によってできたところなので、白い砂のきれいなビーチである。遠浅になっていてとてもきれいだ。人は多くなってきているが、まだ沖縄の離島なみじゃないかな。フィリピン人はゴミをそのまま捨てているので、少しずつ汚くなっているのは残念だ。

遠浅なので泳ぐほど深くはないので、子どもたちと遊んだ。ボールを投げあったり、ヒトデを集めたりしていた。浜辺ではテーブルや椅子をお金を払って借り、もってきたレチョンやその他食事などを並べた。私は豚のレチョンは脂ばっかりでおいしいとはおもわないが、何か祝いの席でフィリピン人はこのレチョンを食べるのを好む。豚の皮がおいしいというが、私にとっては大味すぎるのだが。他にもケチャップで味付けたスパゲティを持ち込んでいるが、これも茹ですぎていておいしいとは思えない。

アメリカでスパゲティを食べたとき同様に茹で過ぎて柔らかくなりすぎていたので、その影響だろうか。適度に歯ごたえがあるのが良いとおもう。もう一つ、マカロニをマヨネーズやフルーツなどで和えたものがある。これは砂糖を加えて甘くなっている。個人的に甘いのは苦手なので、これは未だに食べない。フィリピン料理は沖縄料理と中華料理に魚醤を加えたようなものなので、日本人にはあうと思う。ただ時折、甘すぎたり、塩辛かったりするものがあるので、注意だ。

実は明日のダイビングで使い捨てコンタクトレンズを使うので、そのテストも兼ねて海で遊んでいた。少々目の中に水が入っても、コンタクトはずれなかった。1日中使っても問題なかった。まあ明日のダイビングにも支障はないだろう。

3時くらいになって引き上げることになった。
バスに乗ってアロナビーチに寄って、降ろしてもらった。ホテルに荷物を置いて、ビーチを散歩する。ビーチの大きさは、300mぐらいであろうか。ホテルの数が若干増えており、ホテルに併設されているレストランの数も増えていた。小さなみやげ物売り場や旅行代理店があり、小さなインターネットカフェがあった。インターネットカフェにはDSLが敷かれているという。10年前は電話すらひかれていなくて、もちろん携帯電話もなかった。街とは無線で連絡を取り合っていた。

古いホテルのいくつかは消えた。レストランも消えた。プラヤ・ブランカという妻と初めてデートしたレストランもなくなっていたのは少々残念だが、これも一つの時代が終わったんだろうな。

Philippine Island Diverという日本人のダイバーがたくさんいた、ダイビングショップでお願いすることにした。ダイビングギア混みで、$45。10年前より1、2割値上げした感じだが、2ダイブなので安いものだ。明日はバリカサグへ行くという。ここも12年前に8ダイブして、10年前に2ダイブした懐かしいポイントである。驚いたのは、お金の支払いにクレジットカードを使うことができるが、6%余分にとるという。ホテルでもそうだった。

なぜ日本人がたくさんいるところを選んだかは、日本人でなくても良かったのだが、他のダイブショップはあまりダイバーがいなかったからである。この時期のせいか、ダイビングショップが増えすぎたせいか、少ない。お盆のときはもう少しお客が増えると思うが、逆に他の地域からの客は減るかもしれない、しばらくいないとわからない。

ホテルについての話題は明日に譲るが、夜はこのホテルにきれいなプールができていたので、そこで泳いだ。夜に泳ぐのは本当に気持ちが良い。

Written by in: 楽天日記 | タグ: ,

コメントはまだありません »


コメント&トラックバック




トラックバック URL

コメントのRSS feed