3月
28
2005

結婚11周年

3/27は結婚記念日。結婚してあっという間に11年経った。
11年目は、鋼鉄婚式というそうな。
http://www.meijikinenkan.gr.jp/anniversary/wed/01.htm

・11年前の結婚

12年前の8月にたまたま妻と出会い、翌年1月に再会したときに結婚することになった。そして2月にフィリピンへ来て3月に結婚式をすることになった。

フィリピンの正規のカトリックの結婚は大変です。教会へ結婚を申請して、3回の日曜日のミサを経た後に、結婚をすることができる。

まず双方が独身であることを証明しなくてはならない。日本人の場合は、住民票や戸籍謄本を持って在フィリピン日本大使館へ行って、「結婚具備証明書」を発行してもらう。フィリピンの女性は、町で「独身証明書」を発行してもらう。両方揃って、初めて教会へ行って、申請する。

次に、教会にてこの独身の2人が結婚する掲示が張り出される。また日曜日のミサのときに、「この2人が結婚することになるが、意義のあるものはいるか?」と3週間にわたって呼ばれる。それぞれ”First Calling”, “Second Calling”, “Third Calling”という。それが済むと、「結婚許可証」が発行される。それを使って教会で結婚式を挙げる。

通常、フィリピンに住んでいる人以外は、このような長い時間をとって結婚の準備が取れない。その場合は、結婚申請書を裁判所に提出して、2週間後に裁判所で身内だけで結婚式を執り行う。ほとんどの日本フィリピン人カップルは、時間の問題で裁判所で行うことになる。2週間以上それでもフィリピンに滞在することになるか、申請してから2週間後に再度フィリピンへわたって結婚式をすることになる。それでも日本の事情からすれば大変だろう。

私の場合は、今と同じように会社を休職して大学院に入る直前だったので、計算してぎりぎり1ヵ月半滞在すれば、全て可能だとわかった。また結婚式の日取りも、海外へ個人でいけない両親と妹がセブへのパッケージ旅行へ参加できる日で選んだ。そんなわけで、諸事情のため3/27(日)が結婚式となった。偶然11年前もまったく同じカレンダーである。

結婚式が終わっても、新婚旅行で両親や家族を一緒に連れて行くことになったりして、結婚式というのは妻と親族のために行うものなんだなぁとしみじみ思った。

結婚式の事情はまたいつか書きたいと思うが、その後11年よく続いたものだと思う。

・結婚生活

妻は「じゃぱゆき」ではないので、日本という国はテレビでみる悪いニュースしか知らない。日本語は全くわからず英語しかわからない。そんなわけで大学院の学生生活をしている、私のところに転がり込んできた。

結婚1年で、お互いの意思の疎通ができずイライラする。
恋人から生活をともにするストレスが高まりました。でも妊娠したり、日本へきた勢いが妻にはありなんとか乗り切っていました。しかし周りに打ち解けなく日本の食事をとろうとしない妻を見て、激しく怒ったこともあります。日本に来て1ヶ月間、7月にお風呂のない下宿に妻が転がり込んできたときは、「神田川」を地でいく生活で2人で買い物に行ったり銭湯へ行って、なんだか楽しかった。

結婚2年目に、育児が大変で夜中に寝させてくれません。妻は育児や家事に負われ、私はバイトと修士論文に追われ、つらい日々でした。お金もないので不安でした。唯一の救いは、1歳になるまでの娘の笑顔でしょうか。オムツを換えたり、粉ミルクをつくって飲ませたり、背中に負ぶって寝かしたりしました。子どもが生まれたことで、妻は日本でやっていく自信が生まれたと思いますが、私は学究生活を断念せざるを得ませんでした。人生設計に予定なくやったことはまずかった。この頃、シェアウェアを日本語化していくことでビジネスができないかと取り組みました。ただ生活していくには程遠いので、諦めました。この時期はお互いにストレスが溜まっており、一時期は話ができないと思い「離婚届」を市役所へもらいにいったことがあります。

結婚3年目から結婚10年目ぐらいは、比較的順調に行っています。
妻は永住ビザを取得して永住権を得ました。2人目の子どもも生まれてほどほどの収入がありました。そして、東京で仕事することになり、年収が1200万のときもありました。年に1度くらいは大きな喧嘩をしたこともありますが、離婚するには至っていません。妻は日常生活をしますが、私が謝罪するまでは、いっさいしゃべろうとはしません。

結婚10年経った頃、東京へ週日通って週末自宅へ帰ってくる生活に、妻と子どもが爆発しました。家のガラスが3枚、立て続けに割れました。ストレスがたまって、その矛先がガラスだったようです。私が家庭に目を向けないこと、そして息子がまったくコントロールきかないことが原因だそうです。

仕事は東京でやった方がよいのに決まっています。いろいろなチャンスがありますし、収入も多いです。妻は日本に来て愛知県の生活に慣れてしまいました。もうここからは離れようとしません。

私は東京で仕事をすることを諦め、なるべく自宅にいるようにしました。1年間なるべく自宅に開発の仕事をするようにしました。でも辞めるときが近づいたとき、引継ぎのこともあったので東京へ行くことが増えましたが。

結婚11年経って、東京での生活を諦めて、名古屋で仕事をすることを考えています。収入は二の次だと思いますが、結局収入も仕事も得ずに、結局また東京で仕事をすることになってしまうかもしれません。でも、なるべく家族と一緒に過ごしたいと思います。

・結婚をつづけていくコツ

結婚を続けていくコツはよくわかりません。

男と女のどちらも人間で個性ががあり、価値観も違います。
結婚するときはお互いに好きどうしだったと思います。
結婚する前はお互いの良いところばかりを見ますが、結婚すると悪いところばかり見えます。

そして結婚を長い間続けていると、お互いに変わります。
時間が経つと男も女も変わります。近づいていく場合もあれば、遠ざかっていくこともあります。

私が言えるのは、パートナーも人間だということ。
2人が1人になったわけではありません。
よくこういいます。結婚すれば、喜びは倍に、悲しみは半分に。
それはうそです。
2人とも独立した人間ですので、喜びは2人で喜び、悲しみは2人で悲しみます。片方がだけが喜んだり悲しんだりすると、2人の気持ちは離れます。

一緒に、喜んだり、怒ったり、泣いたり、笑ったり、2人で同じことをしましょう。
そうすれば2人の気持ちは共有できます。

パートナーは人間です。
自分とはタイプが違うことがあるので、やりたいこと、家庭に望むこと、パートナーに望むことは同じとは限りません。
ただ自分のやりたいこと、自分が家庭に望むこと、自分がパートナーに望むことを、パートナーに伝えると同時に、話し合ってください。
それで、パートナーが喜ぶことで無理のないことであれば、してあげてください。

誕生日のプレゼントという形だけでなく、忙しいときに皿を洗ってあげる心遣い、洗濯物をとりこんだりという、ちょっとしたことをしてあげてください。
パートナーが自分の援助をしてくれることを期待してはいけません。
してもらえなかったら、待つしかありません。または普通のときに「手伝ってくれたらうれしいのだけど」とさりげなく言ってみます。パートナーは気が付かなかっただけかもしれませんので。

パートナーも人間です。
生きる喜びを一緒に感じましょう。
ときにはおいしい食事をします。外食でも家でも構いません。
そして、セックスの時には相手が気持ちよいことをしてあげましょう。
寝るときは添い寝をしてあげましょう。

こんなことを結婚生活11年でやっとできるようになりました。

少し恥ずかしいけれど、妻とは毎日10回ぐらいはキスをしていると思います。
朝起きたとき、どちらかが出かけるときと帰ってきたとき、そして寝るとき。
寝るときは、同じ部屋の同じ布団で手を取り合いながら寝ています。結婚した当初は絡み合っておりましたが、妻の足が私の足の上にのると腰が痛くなるとわかりまして、手を取り合うぐらいにしております。

私は鼾をするのですが、妻はそれにめげず一緒に寝ています。
お互いに何気なく、パートナーの身体に触れるというのは、他人が一緒に生活を続けていく以上大切なことではないでしょうか?夫婦が別室で寝たり、同じ布団で寝ないと、何か結婚生活を演じているという気がします。

みなさんはどう思いますか?

Written by in: 楽天日記 | タグ: ,

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