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伝家の宝刀

2009 年 7 月 18 日 コメントはありません

久しぶりに東京へやってきました。
昔一緒に仕事をした人たちと再会して、仕事のきっかけを得ることができないかという気持ちで来ました。
あえて東京での過去のつながりを頼って、仕事をしようとは今までしませんでした。私自身はこれは「伝家の宝刀」で、抜いてしまったらもう東京で仕事をしなくてはいけないかもしれないと思っていましたから。ただ東京を離れて5年の歳月が経ち、錆付いているかもしれないし、もう若くはなく能力は衰え(そもそもなかったかも)ているし、昔と今は状況も違いますからだめなのかも知れないという気持ちもありました。

だからこれを抜かずになんとか名古屋で続けていくことはできないだろうかともがいておりました。

東京も決して好況ではありませんが、これまで知り合ったいろいろな方のおかげでなんとか仕事にありつけそうです。システムのお守りだけだと名古屋から遠隔にできますが、技術的な企画や設計のためにはお客さまの近くにいないといけません。

そのためこれから東京に行く頻度が増えそうです。
たぶん、東京に拠点を移すことになるでしょう。
最初の仕事がうまくいけばさらにつながって、名古屋で仕事をしていく機会は減るかもしれません。

先日のブログに書いたように友人がなくなったことはショックでした。彼はきちんと自分の務めを果たしてきたのですが、私はまだ社会的な使命を果たしていない気がします。自分の仲間やお客さまが期待して信用していただける限りは、自分で責任から逃れてはいけません。ここ数ヶ月はそんなことを感じていました。

でも、私の東京で仕事をした経験というのは短く、大学卒業後に3年半。
2001年からベンチャー企業にいた4年ぐらい。たったそれだけの過去での仕事の成果や能力を買ってくれて、期待していただけるのは非常にうれしく思います。

一番の心配は、息子のことです。
発達障害のため、病院に通ったり、学校側と話したり、家庭での息子の訓練などがあります。それを妻一人に任せてしまうことになります。小学校5年生と、東京を離れた5年前よりは安定してきているのが救いなんですが。それ以外に、年頃の娘のことや妻を1人残しては、家庭崩壊へと進んでしまうかもしれません。

でもこのまま名古屋にいて仕事をつくっていってもなかなか安定収入を確保することは難しく自分でコントロールをすることはできそうにありません。東京ならば、自分で企画したり支援してどんどん仕事をつくっていくことができそうな気がします。

とはいっても、完全に名古屋を捨てて離れてしまうというわけではありません。
私の生まれ育った街ですし、私を信用して評価してくれる人がいれば仕事をさせていただけるとうれしいと思います。名古屋といわず、日本中、世界中どこでもかまいませんけれど。(真剣に、イラクで仕事をしたら危険手当含めて1ヶ月で1000万円稼げるかもしれないなと思いました。危険を別にすれば世界中どこでもやっていけますから。)

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スケジュール課題

2009 年 5 月 5 日 コメントはありません

あるお客さまから食事の招待にあずかりました。

私だけでなく家族まで。

ブログを読んでくださっているかどうかわかりませんが、ありがとうといわせていただきます。(もちろん、その場でありがとうを言わせていただきました)

妻、娘、息子にはほとんど初めて高級な食事をいただきました。

私はコンサルティング業などにいたときは、たまーにいい思いをさせていただきましたが、娘や息子には初めてでしょう。「君たちもがんばっていれば、おいしいものを食べるれるよ」と伝えました。

娘や息子は「無理だから…」と軽くいなされました。

でもおいしいものをいただくことで動機付けになっていただくといいなと思います。

今回、ご招待に預かったのは仕事の話からです。

スケジュール問題です。しかも積極的なスケジューリングです。

簡単にいえば、複数の条件から最適なスケジュールを導き出すというものです。この分野はルールエンジンなどを使った普通のアルゴリズムから導き出すと、すぐに極大値(locally supreme value?)に達しますが、全体の最大値から程遠いものになりそうです。

その場合は遺伝的アルゴリズムを使って、極大値を探すという手法をとります。

この場合困難なのは、

1. ものごとをモデル化(遺伝子データとその突然変異や交叉の手法)すること

2. 何世代目での評価かを見極めること

さらに実稼動するためには、使い勝手の部分や遺伝的アルゴリズムだけでなく何かエッセンスを加えないといけません。

昔からのカンですが、普通のアルゴリズムで終わってしまっては、実用に耐えないのではと思います。それはGoogleが検索エンジンを、単なる1CPUの今ぴゅたーからデータフロー型のコンピューターへしたように。

同じような変化をおこさないと、一つ上のステージには上がれないでしょう。

仕事というものは、一つ上に上がって上から見とおさないと、自分で作ったことになりません。

お客さまの内容なのであまり詳細に触れることができませんが、たぶん奥を突き詰めていけば、未踏に応募できるレベルだと思いますが、それだけにさきほど言ったような困難が付きまといます。

お客さまご自身が、すべての希望に沿うのは非常に難しいと認識しておられており、完璧なものはできません。それは数学的な挑戦を含み、とても大きなものになるからです。

昔から私自身がすぐに健忘症にかかったり、大切なお約束を忘れたり、しかも時間の組み立てができなかったり、なまぐさだったので、このスケジューリング問題は自分自身が20年以上考えてきたものです。

LifeHackの問題として、私だけでなくいろいろな人が取り組み方はちがっても挑戦していることでしょう。

それが、電子手帳、Palmなどの自分のスケジュール管理・同期からはじまって、Google Calendarなどのスケジュールをオンラインでやりとりできることになり、とうとう機は熟したのかなという感じを受けます。

当面の生活の糧を確保しながらもやっていかねばなりませんので「やらせてください」という即答はできませんが、これから自分なりの分析と設計をして前進していこうと思います。

結婚15周年

2009 年 3 月 27 日 コメント 2 件

おかげさまで、結婚15周年を迎えました。
妻がささやかに祝いの席を設けてくれました。

1994年3月27日に結婚して今日で15年経ちました。
喧嘩しても日本に踏みとどまった妻のおかげだと思います。
よく私なんかとよく続いたなと思います。

経ってみるとあっという間ですが、よく15年間続いたと思います。
出会って半年ちょっとで、結婚する決意をして2ヶ月ちょっとで、結婚準備で1ヶ月後のことです。友人が結婚準備を進めている期間に、出会って結婚まで怒涛のごとく終わってしまいました。

両親や妹だけでなく、お世話になったいろいろな人を驚かせ、私自身も驚きで、あっという間にいろいろなものが進んで行きました。

「しない後悔より、する後悔」ということがモットーで、若さゆえの無謀なことだったかもしれませんね。

結婚前に社会人入学して、これから勉学の道へ進むぞと決意しておきながら、ふとしたことで外国人と結婚することになってしまった。学費免除や奨学金をいただきながら、、、、学者の道に進めずすみませんでした。
(思えばIPAの未踏で税金のお金をいただきながらきちんと恩返しもしていない。)

結婚生活も人生もこの先何があるかわかりません。このまま16年、17年と続いていけるかはわかりません。

この年になって思うのは、両親は子育てをちゃんとやって、よく結婚をつづけてきたなと思います。両親は結婚45年経ったので、50年を目指してほしいなと思います。

(昨日誕生日でmixiから通知が行きました。お祝いの言葉をいただいた方にはありがとうございます。44歳と年も取ったので恥ずかしいのですが、44歳というと栢野さんによると天命が降りるときだそうなのでこの1年は期待しています。ありがとうございました。)

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