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2012 年 3 月 のアーカイブ

未踏カンファレンスで刺激を受けて考えたこと

2012 年 3 月 11 日 コメントはありません

3/10の み・とうの日に、渋谷にあるmixiさんの会社にて、未踏カンファレンスへ行ってきました。


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最初は、ソニーコンピューターラボにいるAIを研究してきてPMだった、北野宏明さんの講演。
起業している方のパネルディスカッションでは、芸者東京の田中社長のキャラが強烈でした。
そして、いろいろな人の開発内容をLTで話してくれ、最後はビュッフェ形式の懇親会でした。
mixiを始めとするいろいろな理解ある企業がスポンサーになってくれて、懇親会を含めて無料で参加させていただくことができました。
ありがとうございます。

講演会では北野宏明さんが
ドバイやナミビアや、カナダ?などへ行っていて、その写真を使っていろいろ話をしてくれました。

印象に残った言葉は、

「10%を変えるよりも10倍変える方が楽なこともある。」

彼が未踏でプロジェクトを採択するときに、世の中を変えることのできそうなものを選んでいたと思います。

10%を変えるには工夫したり、効率を良くすれば変えることが可能かもしれません。
でも10倍変えるためには、仕組みそのものの再構築が必要で、革命的なものかもしれません。

既存のものを木っ端微塵に破壊尽くすものです。
真空管がトランジスタに変わったように、トランジスタがICに変わったように。
実現させようとすることは同じですが、まったく仕組みが異なります。
その流れは電力やコストの削減やコンパクトさから始まって、社会を一変させました。

お金を稼ぐためには、1歩前か半歩前で10%ぐらいの変化を起こすのが、技術主体の企業はビジネスしやすいと思っています。あまり先進的すぎると人々の理解は得られないからです。

でも技術に関して言えば、ITの世界はドッグイヤーなので変化は激しいから本当はどんどん先へ進めるぐらいがいいかもしれません。進み難いのも技術的な壁がたくさんあるからです。

Palmscapeを開発した奥さんやLunascapeを開発した近藤さんがいらっしゃいましたが、いまブラウザを開発するとしたらそんなに大変ではない気がします。一番面倒なWebViewを見せるエンジンは、オープンソースで公開されていますから。ただPalmscapeを作った当初は、それらのライブラリを自力でつくらないといけないし、HTMLのやり取りの部分も自力でつくらなければいけなかったと思います。

いまはオープンソースという高速道路に乗れば、目的地まですぐ近いところまで来ているかもしれません。

でも、高速道路のないところは、未開を開いて道をつくり、たくさん人が集まってくれば高速道路も作ることができるというそんな世界かもしれないと思いました。

Googleの次世代プロジェクトも、次のターゲットは何だろうかと検討しているようでした。
HUGE & RADICAL & BREAKTHROUGH
大規模 & 大きな変化 & 壁を乗り越える ものは何だ!?

もう一つの印象に残った言葉は、

「ブランドやアートは高い評価がされるが、ソフトウェアは安い評価をされる。」

別の言い方をすると、ソフトウェアはクリエイティブ価値を見出されにくい。

ブランドでもアートでも共感する人がいればお客さんになる可能性があります。それは才能があることが前提で、地道な忍耐を伴った努力の上に、最後は運が必要だと思います。
でも、見たり、聞いたりするだけで、共感を得られることもあるので、ハードルは低そう。

クリエイティブなソフトウェアは右脳的につくるものだと思いますが、使う方はロジカルに使うことが多く左脳的に捉えるので、低い評価をされるのではないかと思います。

未踏でもアートとソフトのコラボを積極的に採用してきたのは、そんなことがあったのではないかと思います。
でも批判的にいえば、素人のやるアートとのコラボでは、本物ではない気がします。

他にもいろいろと思うことがあり、頭の中は充実感いっぱいで、まだいろいろなものが整理されていない状態なので、また次の機会に。

#よく考えたら、いい年をしてこんなことをよくやっているなw。高校生の娘がいますが、気持ちは20代です(縛)

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[本]ハイ・コンセプト

2012 年 3 月 5 日 コメントはありません

2005年前に出版されたこの本は、今の時代の悩みを予言したような本だ。
世界がフラットになって、先進国でされていた第一次産業、第2次産業は、中国やインド、東南アジアなど労働コストの安いところへ移っていった。
そのとき、先進国に住んでいる人はどうやって生きるべきだろうか?

彼らの国と同じような仕事をしていても、前と同じような収入を得ることはできない。
もっと付加価値のある仕事か、生産性の高いことをしなくてはいけない。
とはいえ、それにも限界があるので、右脳を使った仕事をする。
コミニュケーション力を高める、デザインを伴った仕事をしていかなくてはいけない。

というのがこの本の趣旨である。

私が思うに、それは必要条件であって、十分条件ではない。

コミュニケーションを高めても、デザインを良くしても、それが10倍の労働コストを埋めることはできそうもない。
コミュニケーションを高めて効率を良くしても、生産性は2倍にもならないと思う。
デザインを良くしても、2倍の価値を生むとも思えない。ブランド品だったら革製品や化粧品を原価の10倍で売ることも可能かもしれないが、それは全てにおいて可能だろうか?野菜や肉を品質がいいものだとしても、いつも神戸牛を食べるだろうか?安い肉で牛丼を食べたいということもあるだろう。

世界がフラットになってどうなるかは、水は低いところに流れるようにだんだんと平坦になっていくことは避けられない。
私たちの報酬は下がっていき、発展途上国の人々の収入は上がっていく。同じ仕事をしている限りだんだんと同じになっていくだろう。
自動車修理工の収入は同じ技術ならば同じ程度の収入になっていくだろう。

それを前提として、国の障壁のあるところで荒稼ぎをしている人を排除して、宗教や文化を守るところは守り、ソフトランディングをしていくことが政治だと思う。

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