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2011 年 11 月 27 日 のアーカイブ

考えるオーガズム

2011 年 11 月 27 日 コメントはありません

青年期に私も悩みました。

どうして女性に興味をもつのか、しかも裸を、特に性的なことに興味をもつのか。

仏教の修行では欲をコントロールするということが行われます。
キリスト教のカトリック神父も女性を絶ちますし、イスラム教でも禁欲を尊ぶ宗派もあります。

それは、欲が自らや自らたちを滅ぼす危険性を感じていたのでしょう。

一方で、欲をコントロールするために真言宗の立川流のようにセックスを乗り越えたところを目指すものもあります。
チベットのタントラを見ると、男女の交わりが書かれたものもあります。

拒絶するか、乗り越えるか、いずれにしても制御することが大事なんでしょう。

人はセックスをなぜするか。それはオーガズムという報酬を得られるというのが一つの理由です。
セックス以外にオーガズムを得ることができるのだったら、性病の感染や予期していない妊娠という危険なことを避けることができるかもしれません。
また男女の付き合いはお金がかかるし、ふられれば心が傷つくし、お金を払って得る性は犯罪の危険もあるし、心のなかに隠すような陰湿な部分があります。

ただ快楽中枢というのは、脳の中にあるA10神経を刺激することで得られます。ここを電気的に刺激するか、脳内麻薬を与えて刺激することが、オーガズムを得ること全てです。
そう、サルがボタンを押すと餌を得られるという実験がありますが、私たちもそのサルとあまり変わりません。
(さらにいえば、私たちの脳や心は、子孫を残すという遺伝子に強い影響を受けているのです。今の時代はそれは害になっていることが多いと感じます。)

ホルモンの刺激を受けて、性衝動に駆られる。
そのときに、何らかのボタンを押して満足している。
そのボタンが、セックスだったり、エロビデオだったり、女性のグラビア写真だったりします。
身体のどこに触られると感じるのかという考えも、ボタンの位置の相違の問題だけなのでたいしたことはありません。脳のA10 神経に電極をつなげれば一番の刺激を受けることができます。
顔の良し悪しや、形状の相違も、それに比べれば大した刺激ではないでしょう。

性を誘発するデザイン画だったり、テクノ音楽だったり、歴史的な絵画も、それを婉曲的に間接的に刺激するボタンなのかもしれません。

いささか単純すぎですが、芸術とはそのボタンの形状かもしれません。

自分のことを振り返ってみます。

私は小学校の時に、はたと気づいて数学が得意になりました。
それから、先生の話を聞かずに自分で数学の本を読んで独学しました。
今思えば恥ずかしいことに、俺はなんて天才なんだろうと誤解していました。
だって数学と理科以外はダメだったものね。
少なくとも先生の話を聞かなければわからない、覚えられない。それに苦手なので、勉強するのは辛い。
何よりも興味がないのを覚えるのが辛い。

それでどうしたら、苦もなく興味を持つことができるか考えました。
「その教科を学ぶと、オルガスムスを感じるように条件反射機構を身体につくればいいんだ!」
それは名案だと思いました。

でも、実践することは難しかったです。

英単語を覚えるたびに、「あー気持ちいい」「やめて」「イク」、というようなエロビデオやエロ小説のようになりっこないです。(なったらすごいけれど)
歴史の年号覚えても気持よくならないし、登場人物を想像してもイカない。
英語オタクや歴史オタクならなるかもしれませんが。

そこで既に得意な筈で必要はないのですが、数学を自然と試して見ました。
学校で学ぶ数学は面白くありません。
難しいパズルを解こうとしたり、難しい問題を頭の中でなんとか解こうとして、イメージを湧かせると気持ちがいいのに気づきました。
その感覚は性によるオルガスムスとは違います。
脳の中でホワーンとしていながら内部では核反応が起きているような感じといったらいいかもしれません。
たぶん電子雲がぐるぐる回っているようなイメージ。

新しい考え方やイメージを湧かせると、それらが衝突してポワーンと化学反応のように新しいアイディアが出てくることがあります。アイディアの点と別のアイディアの点があり、それらがそれぞれ動いていて、新しいアイディアが出てくるとその2つの点が化学反応を起こして、色が変わり、形が変わり、別の蜘蛛の巣のようなものが貼るのである。
それが、無性に興奮します。興奮している間は、他に何もいらない。
ぼぉーと想像しているだけでいいです。

科学者というのはこんな楽しいことをして快感を得ているのかと思った。
それから私の将来は科学者になろうと思った。(一方で、そんな不埒な理由で科学者になってはいけない。世の中に貢献するためにいきなければいけないのだろうかと反省もした)

一番いいのは数学者かな。それにそれしかできなかったし。
結局、数学の興味を失せてしまって、それから行き辺りばったりで、学者にもなれないでいる。

でも今の限られた仕事でも、アルゴリズムを考えたり、新しいアイディアを考えているときは、白昼夢を見るかのようにポぉーと幸せになってしまう。

ふとTwitterで紹介されていた
天才すぎて衝撃を受けるかもしれないTEDのプレゼン10選
http://matome.naver.jp/odai/2132210441892106201を見ながら、いろいろなアイディアに幸せを感じてしまった。

またオーガズムについて述べられていたので、私もポぉーと考えることだけで幸せを感じてしまうので共感しました。

メアリー・ローチ「あなたの知らないオーガズムに関する10の事実」
http://www.ted.com/talks/lang/ja/mary_roach_10_things_you_didn_t_know_about_orgasm.html

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インド式2桁の九九は習う必要がない

2011 年 11 月 27 日 コメントはありません

インドでは、2桁の九九を習うという話があるけれど、必要はない。

1桁の九九と掛け算と足し算が出来れば十分である。

原理は、(10a + b) ^ 2 (^ は2乗)
= 100 * a ^2 + 20 * a * b + b ^ 2 (2桁の数の2乗に0を2つ付け、1桁の数の2乗を足す。そして2桁と1桁の数をかけて2倍して後ろに0をつけるものを足す)
= a ^ 2 * 100 + b ^ 2 + a * b * 2 * 10

例えば、47 ^ 2
= (4 * 10 + 7) ^ 2
= (4 ^ 2) * 100 + 7 ^ 2 + 2 * (4 * 7) * 10
= 16 * 100 + 49 + 28 * 2 * 10
= 1600 + 49 + 28 * 2 * 10
= 1649 + 28 * 2 * 10
= 1649 + 560
= 2209

ただ、この欠点は途中数字の短期記憶を頻繁にしなくてはいけないところである。
紙があれば簡単なんだけれど。

その代わりの方法は、自分で数字と言葉の変換表をつくって、短期記憶の手助けをすることである。

一例として日本語の50音表を使って、

「あいうえおはひふへほ」を、1234567890に対応させる。
47は、えひ

それだけでは言葉が作りにくいので、
「かきくけこまみむめも」も、1234567890に
「さしすせそやいゆえよ」も、1234567890に
「たちつてとらりるれろ」も、1234567890に
「なにぬねのわいうえを」も、1234567890に

こんだけ対応させれば、なんか文字があるだろう。

47は、「えみ」という名前の好きな女性や、「芹」として植物や「競り」を思い浮かべてもいい。
(この変換は67890がマッチングしにくいので、別のほうがいかもしれない)

その数字変換を訓練してできるようになれば、2桁の九九もできるようになる。
単純に暗記するよりは、ちょっと頭を使ってやるようにした方が頭の訓練になっていいと思います。

アーサー・ベンジャミンが行う「数学手品」
http://www.ted.com/talks/lang/ja/arthur_benjamin_does_mathemagic.html
に触発されて書きました。

ちなみに、
47 ^ 2は、(50 – 3) ^ 2を思いついて解くのが簡単です。
= 2500 + 9 – (50 * 3 * 2 * 10)
= 2209

他にも因数分解を使ってやるのも便利です。

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