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伝家の宝刀

久しぶりに東京へやってきました。
昔一緒に仕事をした人たちと再会して、仕事のきっかけを得ることができないかという気持ちで来ました。
あえて東京での過去のつながりを頼って、仕事をしようとは今までしませんでした。私自身はこれは「伝家の宝刀」で、抜いてしまったらもう東京で仕事をしなくてはいけないかもしれないと思っていましたから。ただ東京を離れて5年の歳月が経ち、錆付いているかもしれないし、もう若くはなく能力は衰え(そもそもなかったかも)ているし、昔と今は状況も違いますからだめなのかも知れないという気持ちもありました。

だからこれを抜かずになんとか名古屋で続けていくことはできないだろうかともがいておりました。

東京も決して好況ではありませんが、これまで知り合ったいろいろな方のおかげでなんとか仕事にありつけそうです。システムのお守りだけだと名古屋から遠隔にできますが、技術的な企画や設計のためにはお客さまの近くにいないといけません。

そのためこれから東京に行く頻度が増えそうです。
たぶん、東京に拠点を移すことになるでしょう。
最初の仕事がうまくいけばさらにつながって、名古屋で仕事をしていく機会は減るかもしれません。

先日のブログに書いたように友人がなくなったことはショックでした。彼はきちんと自分の務めを果たしてきたのですが、私はまだ社会的な使命を果たしていない気がします。自分の仲間やお客さまが期待して信用していただける限りは、自分で責任から逃れてはいけません。ここ数ヶ月はそんなことを感じていました。

でも、私の東京で仕事をした経験というのは短く、大学卒業後に3年半。
2001年からベンチャー企業にいた4年ぐらい。たったそれだけの過去での仕事の成果や能力を買ってくれて、期待していただけるのは非常にうれしく思います。

一番の心配は、息子のことです。
発達障害のため、病院に通ったり、学校側と話したり、家庭での息子の訓練などがあります。それを妻一人に任せてしまうことになります。小学校5年生と、東京を離れた5年前よりは安定してきているのが救いなんですが。それ以外に、年頃の娘のことや妻を1人残しては、家庭崩壊へと進んでしまうかもしれません。

でもこのまま名古屋にいて仕事をつくっていってもなかなか安定収入を確保することは難しく自分でコントロールをすることはできそうにありません。東京ならば、自分で企画したり支援してどんどん仕事をつくっていくことができそうな気がします。

とはいっても、完全に名古屋を捨てて離れてしまうというわけではありません。
私の生まれ育った街ですし、私を信用して評価してくれる人がいれば仕事をさせていただけるとうれしいと思います。名古屋といわず、日本中、世界中どこでもかまいませんけれど。(真剣に、イラクで仕事をしたら危険手当含めて1ヶ月で1000万円稼げるかもしれないなと思いました。危険を別にすれば世界中どこでもやっていけますから。)

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