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2006 年 12 月 のアーカイブ

パラワンのガイドの娘さん

2006 年 12 月 31 日 コメントはありません

今朝起きて新聞を見ると、テレビ愛知でこんな番組が目に入った。
「養老孟司“環境”スペシャル 人間の脳に潜む地球環境破壊のメカニズム」
http://www.tv-tokyo.co.jp/yourou/

内容として、パラワンの自然、刑務所、、、、というキーワードがあった。

朝食時はテレビをつけない規則になっているが、気になったのでテレビをつ
けた。録画という手もあったのだが、スカパーで「アンネフランクの日記」
の映画を録画しているからできない。

デジタル放送で見る、パラワンの自然は美しかった。

そして、刑務所。イワヒグの刑務所だ。ここへ行ったぞ。ガイドブックに
載っていたので観光客に知られているオープンな刑務所だ。鉄格子はない。
囚人は刑務所から出ようと思えば出れるが、外と変わらない生活ができる
ので出ようとする人はいない。妻子を呼び寄せて一緒に生活している囚人
も中にはいる。

しかもここは殺人などの懲役10年クラスの重罪犯が多い。
人は更正できるのかという実験をしているようでもある。

11年前に妻と1歳の娘、そして妻の妹と一緒にここに行った。私1人で
行ってもよかったのだが、フィリピンでは結婚すると家族は一緒に行動する
のが常識なので一緒に行った。交通が不便なので、バスはない。トライスク
ルという、2輪バイクを改造して、人を乗せることができるように大き目の
サイドカーをつけたものに、3人の大人と赤ん坊を乗せて、パラワンの州都
プエルト・プリンセサから1時間ぐらいかけて行ったと思う。

こんな辺鄙なところでも私がガイドブックで知るぐらいだから、観光客がと
きどき来る。囚人は自給自足の生活をしており、中にはみやげ物を作ってい
てそれを売っている。ただ、品質が悪くて買う気にはなれなかったのが残念
だ。

囚人と話すこともできた。彼らは殺人や強盗をしたと言っていた。ちょっと
怖い感じもした。独特の雰囲気があった。しかし特別な経験をすることがで
きたと思う。

それを契機に当時の記憶がよみがえった。
養老氏と一緒に行動をしているおじいさんに見覚えがある。
見慣れないフィリピン人の顔は以前はあまり区別がつかなかったが、今では
区別がつくようになった。それに彼はガイドという仕事もしているのでまず
間違いない。

私は13年前に、会社を休職して大学院へ進学するつもりだった。大学院の
試験が9月中旬なのでまだ余裕があった。それでフィリピンへダイビングを
しにいくことにした。それで妻と出会って、結婚することになった。

このガイドに会ったのは、その妻に出会う前である。
ダイビングをしにパラワンのエルニドへ向かった。州都のプエルト・プリン
セサまで行くにはいったんだけれど、パラワンの北部にあるエルニドへは行
けなかった。雨季で道が寸断されていたからだ。
エルニドはダイバーでは有名で、世界中でも知られたところ。日本人がエル
ニドでリゾートを作って、たくさんの日本人を連れてきているから日本人の
中ではもっと有名だ。
http://www.el-paradise.com/

新婚旅行で来る人もいる。地上の天国といってもいいかもしれない。
ミニロックという島は、フィリピンからも隔絶されていて犯罪や盗難などの
心配もない。それでいて、海が美しく自然が残されている。パラワンはマラ
リアがまだ残っているが、沖縄と同じようにこのミニロックでは絶滅させた
という話だ。ただし、リゾートの料金は日本並み。ダイビング費用で1人2
万円ぐらいする。日本の料金では安いがフィリピンでは破格の高さ。

でも普通のダイバーもエルニドで潜れるという話を聞いた。実際にドイツ人
がダイビングショップを経営している。

エルニドへは雨季で行けない。仮に行ったとしても人が集まらないから、ダ
イビングができない、それは後で知った。

それでどうしようかなと思い、プエルト・プリンセサの街を歩き回っている
と、あるフィリピン女性に声をかけられた。英語でうちへ寄っていかない?

美しい女性で暇だから寄ってみると、日本人の男がいた。
たしか当時32歳で京都で高校教師をしていたと思う。ちょうど昼頃なの
で、ここで飯を食っていけという。その高校の先生は、パラワンに昆虫を取
りに来ているという。大き目のクワガタムシで、もう3年ぐらい休みになる
と来ているそうだ。この家に泊まって、彼女のお父さんにガイドになっても
らって、山に入りクワタガムシを探しているとか。

息子がムシキングが好きで知ったのだが、「パラワンヒラタオオクワガタ」
という種類である。彼がいうには、10cmになり、大きければ大きいほど高い
値がつく。1mmでも大きければ、数万円の差がつくこともあるという。一つ
ここで買って日本にもって帰るだけでも、数万円儲かるぞと言われた。

確かに大きい。でも私は昆虫に興味もないし、すぐ死なせてしまうかもしれ
ない。それで断った。

それからいろいろな話をした。一緒にいた女性とも英語で話した。
日本人の男は昆虫ではなくて、君に興味があるのではと冗談で言ってみた。

彼女はニコっとしていえ全然興味はないし、私のタイプでもないからと言っ
ていた。雑談をしていると、彼女はPLDTというフィリピンの電話局でオペ
レーターをしていると言っていた。パラワンの高級ホテルに泊まっている日
本人からときどき日本への長距離電話をする人がいる。そのとき、日本語で
電話をしてきて、日本人は全然英語がしゃべれない。高校教師も片言の英語
しかできない。私はなんとか日常会話ができたし、まだ会社を辞めたばっか
りだったので今よりも英語に慣れていた。

食事が終わって、お父さんが街まで車で送ってくれた。

翌日、お礼を言いにその家に行ってみたが、みんな不在だった。

そのときはそれだけだった。

それから、妻と結婚して、大学院に入り、娘が生まれ、大学院を修士課程で
終えた。それから博士課程に進むか、復職するかどうか迷ったが、家族があ
るので名古屋で就職することになった。せっかくの機会だからすぐに就職せ
ず、フィリピンへ長期の里帰りをした。1ヶ月半ぐらいだったと思う。その
うち3週間ぐらいをパラワンへ行くことにした。妻と子どもだけでなく、妻
の妹が娘の世話役としてついてくることになった。

エルニドへは行けたのだが、娘が熱を出し、ダイビングは2回だけ。1週間
潜るつもりだったのだが。

ついでに、お世話になった人の家を探した。うっすらとした記憶だったので
確かではないが、家を見つけた。でも誰もいなかった。どうも引っ越したよ
うだった。

「テレビに出ている人はたぶん、13年前にプエルト・プリンセサでお世話
になった人だと思う。」というと、妻が「あーー、あのときあなたが理由も
言わず探していた人ね」と突っ込まれた。妻は鮮明に覚えていて「好きな女
か?。女を捜していたのかー?」と追い討ちをかける。

なんでそんなに鮮明に覚えているの?

それから、「その女が好きか?」と追い討ち。
当時のことを思い出して、もうやぶへび状態。
言わなきゃ良かった。

でも、13年前にお世話になった人がテレビに出てきて、元気でいるようで
とてもうれしかった。

あの頃の女の人は、もう結婚しているかな?ひょっとしたら日本人と結婚し
ているかな?

たぶんそれが布石となって、妻と結婚することになったのではないかと思う。

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息子が嘘をつくようになった

2006 年 12 月 30 日 コメントはありません

最近、息子が嘘をつくようになった。

ADHDである息子の性格は、昔の言葉でいえば度を超した短気である。
すぐに怒りすぐ手が出てしまう。その他、感情のおもむくままの行動をす
る。周りにすぐに反応するし、何も感情の起伏を感じないと自分から行動を
起こしてしまう。

感情の沸点が普通の人よりも低く、感情を抑えることが難しい。
私も気が短く新しい物好きで、一箇所に落ち着くことができない。だから会
社勤めができず、こうやって1人で事業をやっていこうと言っているのかも
知れない。

最近、息子が嘘を簡単につくことになった。
自分の行為のせいで叱られるということが予期できるようになったからみた
いだ。やってしまったことに対して、叱られないように隠したり嘘をつくよ
うになった。友達の持っているものを勝手にもってきたりする。それは
「貰った」というんだけれど、勝手に持ってきたようだ。知恵がついて、嘘
もだんだんと巧妙になっていって、嘘に嘘を重ねはじめつつある。

ここ数日、軽い嘘をつくんだけれどそのたびに叱る。
でも嘘はなかなか止まらない。叩いたりしないんだけれど、小学校2年生で
は説得しても理解ができないのだろうか?

翌日はケロっとしていることが多いからだ。

神経の障碍だから本人には悪気はない。だけど社会に適応しにくいので何か
手を打たなければいけない。生まれつき足が不自由であれば、その代わりに
手や腕が発達して足の代わりをするように、他の方法で補うようにできれば
いいのだが。

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ソフトウェア開発はグローバルとローカルの2極化

2006 年 12 月 29 日 コメントはありません

お世話になっている知人がぶらりとやってきました。
知人の訪問記録を書いていると、ちょっとは社長ブログらしいかな。

私と同じような会社を興した先輩であります。昨年はいくつか仕事を紹介し
てくれるというお話で準備をしていましたが、残念ながら先方がうまくいっ
ていないようでまだ実現していません。大きな会社の社員ではこういうはな
しがあるとほぼ100%で仕事があり予定が埋まります。小さな会社でも50%ぐ
らい。私1人でやっていると10%ぐらいですかね。

実感として10に1つぐらいかなと思います。
今の私1人で手がければ100に1つぐらいかもしれないので、その成功率はそ
れぞれの信頼度と営業の方がフィルターをかけていてくれたのかなと思いま
す。ただ営業を視点におけばその成功率を見ていればいいのですが、開発の
仕事は全て請け負うことを前提にしてやっています。納期や金額などは大雑
把に決めているので、、、、

これまでは、もし同時に2つも3つも受注したらどうしようと考えていまし
た。そのときお断りするか、延期をしてもらったら、悪いなぁと思っていま
した。実際にはそれは杞憂に終わりました。

勤めていた会社を病めてから2年近く、事務所を開いて9ヶ月経ちました。
独立して初めて見えてきたこともあります。

ソフトウェア開発の世界とそのビジネスです。

ソフトウェア開発はグローバルとローカルの完全二極化が進行しています。
百式をはじめいろいろなサイトで、「これはいいソフトだよ、いいWebサイ
トだよ」というのが紹介されています。ほとんど英語で紹介されていますが
たいていの場合は日本語で使うことができます。フランスやドイツの非英語
圏でも英語の説明を用意していることがあります。

いいアイディアだなと思っていても、思いつく人はたくさんいます。それが
世界中で同時に思いつき、日本よりもお金のかからない国の人がいたら、も
う太刀打ちできません。インドや中国は日本の10分の1のコストで同じこと
が可能です。少し前まで底辺の仕事をしていましたが、いまやWeb2.0も取り
組んでいて先端的なところも出てきました。

日本は能力的には他の国に負けるとは思いませんが、開発コストの問題でな
かなか大変な状況になると思います。ソフトの開発はほぼ全てが人件費で
す。原材料や機械は国際的に差はないと思います。それらがコストに載れ
ば、その分だけ差が縮まりますが、人件費だけでは太刀打ちが難しいです。

市場の競争は来年はますます厳しくなりますし、そのコストの差は低減する
にしろ中国やインドと日本の差が縮まらなければ難しいかなと思います。

ではどうすればいいのかと考えると、ローカルの方です。
企業はコンピューター資源を使わざるを得ません。使ってこそビジネスに力
がつきます。でも、その点はまだまだ発展途上ですし、有効利用する方法が
未開拓だと思います。IT関連の会社の多くは、そのローカル化です。システ
ム導入をするというのはそのローカル化になりません。

このシステム導入のやり方は、日本の場合は土木建築業界と同じ構図を持っ
ています。大手のIT企業が取り組み、開発は下請け、孫受け、そして人員が
いなければ派遣で集めるという構図が一緒です。

これについては土木・建築物と一緒で金太郎飴のようなものしかできませ
ん。大枠な設計をして、中身は誰でも開発できるようなものを作り上げるか
らです。開発する人に能力はあまり問われないからです。

これはITを守りとして捉えている保守的な考えです。あの会社と同じでい
い、今までのやり方を変えず効率的になればいいのだという考えです。ほと
んどの会社はそう思っています。

しかし会社の差別化のためには、反対の発想が必要です。
ITを武器にするためには、どうするか?そのことも考えながら、仕事の流れ
を変える場合もあるのです。一人社員が増えたと考えてください。その仕事
が末端の社員の場合は仕事の流れは変わらないかもしれません。しかし、部
長や取締役クラスだったら、事業や仕事が変わるはずです。

会社にとってのIT導入は末端の社員格でしょうか?それとも部長格でしょう
か?取締役格でしょうか?数百万、数千万、数億の導入コストで考えればよ
いと思います。それはシステムの値段だけでなく、システムによって影響を
受ける人たちの人件費まで考慮する必要があります。

1人でやっていて、世界を市場にがんばってきましたが、来年は市場を変え
るかもしれません。そのために事業内容の大幅な変更もすることになると思
います。

少し残念ですが、市場に適合しない事業はつぶれていくだけです。

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