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2006 年 5 月 のアーカイブ

【本】聖なる予言

2006 年 5 月 31 日 コメントはありません


書名:聖なる予言
著者:ジェームス・レッドフィールド
訳者:山川紘矢+山川亜希子訳
出版:角川書店
値段:\1,800(税込)
ISBN4-04-791222-0

この本はベストセラーだったので、読んだ人は多いと思う。
本は冒険小説のような形をとっているが、物語の中で一つずつ予言が明らかになっていく。

南米のペルーで古代の写本が発見された。一つの写本には1つの予言が書かれている。全部で9つの予言があり、それを主人公が運命に身を任せて、いろいろな人と出会い、一つずつ予言と出会っていく。しかし、時期を同じくしてペルーの枢機卿がキリスト教の教えに反しているとして、それを妨害して写本を抹殺しようとする。

まず最初の予言は、シンクロニシティが次々と起こり、人々はそれを偶然ではなく起こるべくして起きた必然だと感じるようになる。

以下、小説にあるので興味ある人は読んでください。

待ちきれない人は、9つの予言の内容は以下に書かれています。これを読んでも小説には影響はないと思います。
http://plaza.rakuten.co.jp/plamchara/8001

映画がアメリカで封切られたそうですが、夏以降も日本で上映されるかな?
http://www.thecelestineprophecymovie.com/

さて感想ですが、Amazonでの書評のとおり読みにくいところはある。
でも物語としてはよくできていて、予言の難しい内容も伝わりやすい。

シンクロニシティはユングが最初に提唱したそうだが、それは事実としてありうるかもしれない。自分が会いたい人にタイミングよく会うことがあるし、知りたい情報にこれもタイミングよくあうからだ。ただ、目の周りにそういった人や情報はたくさんあるんだけれど、自分が目をつむってみていないだけかもしれない。それとも、何か別の力で呼び寄せているかもしれない。

科学技術は進歩をしているが、人間は進化を遂げたわけではない。スタートレックを見ていると、Qや別の異性人が人間より進化している姿を見せることがある。肉体の制限を超えて、魂だけの存在になったようなもの。人の発想力の限界なのか、そうなっても人間と同じような悩みや考えに囚われている。私たちの思考は肉体の影響をいたるところで受けている。爬虫類脳と呼ばれる、肉体欲や感情に支配されるところが根本で、大脳皮質の論理的な思考の部分は振り回されている。

人間が進化したらどうなるんだろうって、考えてみた。
———————————————————まあいいか。

本としては、The Goalやマネーロンダリングなど、難しいことが書いてある小説を読んだが、それぞれ物語りとしても面白くて難しい事柄もさくっと入ってきた。投資の話(決して順調ではない)やITの話など、こういう小説にできればな伝わりやすいかなと思う。ITの場合、問題なのは技術の進展が早すぎることだ。3年経ったら化石のように古い話なので、書いている最中から色褪せてくる。

Amazonでは、中古の本が1円+送料で売られている。

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にくしぃ。 http://nixi.jp/

2006 年 5 月 31 日 コメントはありません

ほんとに、SNSをやるのかな?
http://nixi.jp/

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守護霊とか前世とか、、

2006 年 5 月 30 日 コメントはありません

娘に「前世とかあるの?」と質問を受けました。

うーん、どうなんでしょうか!!!???

宗教と政治の話は、タブーと言われます。飲みに言ったときに、天気やニュースの話題ならば、共感を持って話すことができるけれど、宗教と政治の話になったときにみんなスタンスを持っているので、共感を持つことができません。日本では政治はあまり気にならないの、政治はどうでもいいのかもしれませんが。

宗教となると、多くの人は元旦は神社へ行って葬式は仏式でクリスマスを祝います。
私は外国の人に、「日本人は神を信じていないんだろ?」と言われると、日本は「日本教」だと答えていました。イスラム教の人は、宗教を信じていない人は野蛮人だと思っている人が多かったので、説明に困ったのでそう答えました。本当は日本では宗教を信じていなくても、それぞれ信じているものがありきちんと整っている平和な国だと言いたかったのですが、彼らがどこまで日本のことを知っているか疑わしかったので、面倒を避けたというのが本音です。

でも実際に、日本人はなんらかの確固たる信念や信条や規範を、子どものときに身に着けていると思います。それが外国でいう宗教ではなく、古くは武士道精神や教育勅語、いやもっと前から文化として蓄積されたものだと思います。東南アジアのフィリピンなどは近代からの歴史から始まりますが、キリスト教の個人主義よりもアジア共通のものとして家族を中心とした親や年配の人を敬う精神は日本以上に高いです。

話は戻って、守護霊とか前世とかテレビの「オーラの泉」があったり、いろいろなところで昔から取り上げられています。私はこれについてはよくわからないとだけ答えるしかありません。

科学の話を持ち出すと、「科学者は証明されたものしか信じない」という返答があります。
本当は「証明されたもの以外は、仮説にすぎない。」というのが答えであるべきですが、「信じるか、信じないか」という二者択一になったときは議論になりません。「議論にするべき問題ではない」といわれたら、もう話ができません。

前世ってあるかもしれない、守護霊ってあるかもしれない、そして今の科学ではわからないことはたくさんあるから、それは本当かもしれません。

私たちの身の回りはわからないことばっかりです。
子どものときは大人になればすべてわかるだろうと思っていた。しかし大人になって、ものごとは少しわかったが、わからないことばっかりだ。そのわからないことに対して、私たちは一定のわかったふりをしなくては気がすまないようだ。車のエンジンについて、おおよそこんなふうに動いているのだろうと考えるが、実際のしくみはわからない。パソコンも同じだ。

会社ってこういうもんだと、あの人はこういう人だと、何でも自分でこういうものだと決め付ける。
では、人生ってどうやって生きるものか?何のために生きるべきか?死後の世界は何なのか?こういった問題は答えがない。でも答えが欲しいと思えば、宗教から答えを教えてもらうしかない。

ん?、やっぱりわからん。
なんかあるかもしれないし、ないかもしれない。というのが、娘に対しての答えだった。

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