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2006 年 3 月 のアーカイブ

フィリピンでの結婚 その3 結婚セミナー

2006 年 3 月 31 日 コメントはありません

これは日本の結婚にはないと思うが、フィリピンでは結婚する男女は結婚セミナーを受講しなくてはならない。これを受講しないと結婚の許可が下りないのだ。
しかも、地方政府のロアイ町役場が実施するものと、カトリックの教会が行うものの両方を受講しなくてはならない。

私は文化的なことで興味を持って、セミナーに臨んだ。

役場の結婚セミナー

ロアイ町役場は、役場の一つの部屋にある。
一週間に一回ぐらいあるらしく、最初の結婚申請のときに日時が決定していた。
必ず夫婦で来るようにといわれていた。

指定した日時に行くと、他に参加したカップルは一組だけだった。
20歳ぐらいの男女で、女性は知人の奥さんに似ているような清楚な感じだった。

講師である保健婦が後から部屋に入ってきた。
40代後半の優しい感じの女性だ。手には、ピル(避妊薬)、ペッサリーやコンドームといった避妊具を持ってきている。
残念ながらビサヤ方言のセブアーノ語で、講義が始まる。
私はまったくわからないが、妻から後で尋ねると「普通のこと」ということだった。

妻の「普通のこと」というのは問題だ。
何しろ私と結婚するまでは、男にまったく興味がなかったからだ。
1時間ぐらいで講義は終わり、私たちの結婚申請書に受講済みのスタンプが押された。
私は拍子抜けに終わった。

フィリピンはカトリックなどのキリスト教とイスラム教の国である。そのため、堕胎は法律で禁じられている。出産制限をする避妊薬と避妊具はグレーであるが、性の知識なく赤ちゃんができたというケースはとても多い。父親のいない子どもも多いし、できちゃった結婚はとても多い。私たちを除けば、妻の兄弟全員ができちゃった結婚だ。妻の兄弟によると、避妊薬も避妊具も薬局で自由に手に入るが、あまり好まないそうだ。

カトリック教会の結婚セミナー

これも教会に結婚申請したときに日時を決めていた。
出席は私たちカップルだけだった。
神父さんはまたTシャツとジーンズ姿だったが、教会のすぐ脇のところで始めた。
神父さんは私よりも少し年長の35歳くらい、風貌はボクサーのような感じであるが目が鋭い。

最初に英語かタガログ語か、ビサヤ方言のどれがいいか?と尋ねた。日本語は話せないのでごめんねという。もちろん英語だ。話し方は上品なので、教育を受けているんだなと感じた。

神父さんの英語はゆっくりときちんと発音されるのでよく理解できた。
聖書などに触れずに、カトリックの結婚観を私たちに質問をしながら進んでいった。
・一度結婚したら、何があっても分かれないこと
・人生には喜びもあれば悲しみもある。どんな辛い試練があってもめげずに、2人で乗り切っていくこと
・子どもができたら、カトリックに入信すること

「君の宗教の仏教では結婚に関して、何かきまりはあるか?」と質問されたので、少し考えてから「特にない。仏教は自己の修行・鍛錬なので結婚については触れていないようだ」と答えた。正しいか正しくないかわからない。私の宗教観なので間違っていたら許して欲しい。

海外へ嫁ぐセミナー

別の日になるが、結婚に関連したもう一つのセミナーがある。
妻が外国人と結婚して海外へ行く場合に受講するセミナーだ。海外へ結婚目的いく場合は、このセミナーが必須となる。
結婚後にパスポートを申請するときに、パスポートを受け取るまでに必ずセミナーを受講するように言われた。たしか、フィリピンには人材開発局のような役所があり、フィリピン人の出稼ぎを管理している。そこが主体で行われたようだ。残念ながら、このセミナーは日本人はシャットアウトで、後から妻に内容を聞いた。

最初は結婚ほやほやの女性がたくさん集められる。
その後、結婚する男性の国別にグループに分けられ、それぞれ講師が一人つく。日本人と結婚するグループは5人だった。
一人一人、結婚のいきさつを尋ねられる。その後、日本人の男、日本についての注意点が説明される。
日本の男は家事を何もしない。日本は怖いところだから気をつけなさいなどである。
かなり悪意をもって、悪いニュースばかりの話があるそうだ。
まあ結婚当初は期待をもっているので、悪い情報をたくさん入れとけば、バランスが取れるのだろう。
既に結婚したのだが、国内に引き止めたいのだろうか?

次は、、、結婚式かな。

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やばい、ライセンス保険

2006 年 3 月 29 日 コメントはありません

辛いことが続きましたので、結婚のことは明日に順延です。

午前中、半田市へパスポートを取りに行きました。
行きと同じ道を通ったのですが、帰り道に、スピード違反のネズミ捕りにつかまってしまいました。

農道で40km/s制限のところを、62km/sだったそうです。
ずっと考え事をしていたので、実際にスピードがどれだけ出ていたかはわかりません。(>o<") おとなしくつかまりました。 20km/sオーバーは、違反金15,000円、2点減点です。 家族でつつましい生活をしているので、この違反金は大きいです。 ささいな抵抗ですが、認印を持参していたので拇印を押さずに認印で済ませました。 その帰りは、ゆっくりと制限速度を守って、帰宅したのはいうまでもありません。自分の車の後に10台ぐらいつながってしまいましたが。 自宅の近くはスピードを出しやすい環境なので、自動車専用道路は100km/sぐらいは当たり前です。知多の農道も見通しが良いので、80km/sを出そうと思えば出せるくらいです。40km/sオーバーで一発免停にならなかったのが、せめてもの救いです。 たぶん100回以上違反をしてきて、そのうち10回ぐらいヒヤと感じて、そして1/100でつかまったのでしょう。一回あたり150円の違反金と思って、慰めることにします。 ------------------------------------------------- 自宅に戻って、この違反金は個人事業主の経費になるかどうか調べていました。 答えは、なりません。そのとき、ライセンス保険というものを目にしました。 赤色切符は補償の対象になりませんが、青色切符(駐車違反や30km/sまでのスピード違反、一時停止違反など)は、年会費6000円、入会金2000円を払えば補償してくれるというものです。 ん?、違反金は経費の対象にはならないけれど、保険だったら経費の対象になるじゃない。と思って、入会しようとしました。 その後いろいろ調べたら、これってマルチ商法のやばいものじゃない。 既に個人情報を入れてしまいました。。。。。。。。。。。。。。ア!(*?○?)(?о?*)ホ!! 弱り目にたたり目です。これから、誰かが勝手に名前をかたって借金をしないことを祈ろうかな。 免許証の番号を書いてしまったため、紛失したことにして、再発行してもらおうかな。 みなさん、こんなヘマはしないでくださいね。

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フィリピンでの結婚 その2 結婚式の準備

2006 年 3 月 29 日 コメントはありません

結婚手続きが前進したところで、次は結婚式の準備です。

日本と異なり、結婚式場というものがありません。
そのため、結婚式と披露宴の準備はすべて自分たちでやらないといけません。

でも、そんなのは大変なので、結婚式のコンサルタントのような人がいました。
教会から紹介していただいて、タグビラランとロアイの間でタグビララン寄りの町にいる、コンサルタントに会いました。元大学教授で65歳くらいの男性の方です。

ジープニーに乗って、その方の自宅へ行きました。
妻がその人と話しました。ときどき英語を混ぜるものの、やはりビサヤ語がお互いに通じます。どのような結婚式をするか、何人参加するか、予算などを聞いて、結婚式に必要なもの、結婚披露宴に必要なものをリストアップしてくれました。
妻によると、その人はバクラ(おかま)とのことでした。品がよく、やさしい語り口ですが、フィリピンではおかまは隠しませんし、差別もあまりありません。

さあ、リストアップしてくれたものの用意です。

・楽団(結婚式と披露宴で、歌い、演奏してくれる人たちです)
・招待状(印刷屋)
・花嫁衣裳、花婿の衣装、フラワーガール、ベストマンなど結婚式で重要な人たちの人選と衣装(衣装店)
・披露宴会場の手配(レストラン)
 料理
 ケーキ
 ブーケや、その他小物(小物を売っているところ)
・結婚式に呼ぶための、ジープニーや自動車の手配(それぞれの車のオーナー)
・結婚のための後見人の依頼(花婿側3人、花嫁側3人)

まだ他にもあると思うのですが、たくさんあって忘れてしまいました。
日本と異なるのは、すべて別の場所で別の人に注文をしなくてはならないところです。数日かけて、1件1件あたりました。すべて回るのが厳しい場合は、妻の母親や兄弟にお願いしました。

結婚式は教会で行うことになりました。
その後の披露宴は、自宅で行うか、レストランを貸しきって行うかのどちらかです。

フィリピン人の結婚披露宴は、たいていは自宅で行うそうです。
聞くところによれば、自宅で行う場合は、料理人を雇い親族総出で料理の準備をするそうです。
前日までに食材を調達して、朝早くから豚を数匹殺して、レチョン(豚の丸焼き)をつくり、100人分以上の料理を用意するそうです。妻によれば、それはそれでとても大変なことらしいです。しかも披露宴は新婦の家で行うのが普通だそうです。

私たちの場合は、披露宴は結婚式場の教会に近いレストランで行うことになりました。
100mぐらいの距離です。双方の家族のためにはベストです。
日程と参加する人数と料理、ケーキを決めます。

3月27日12時?15時として、150人分の料理。一人あたり50ペソ(200円)、ケーキは2段のバタークリームで400ペソだったと思います。

今では日本でも食べられるウェディングケーキですが、こちらは食べられるのが当たり前です。でも生クリームではないので、そんなにおいしくはなかったです。150人分というのは、招待したのは50家族ぐらいですが、近所の人や飛び込みも多いのです。普通の食事に少しましという程度です。日本と違って、祝儀は後見人以外は必要ありませんので、みなさん気楽に結婚式に来ます。

楽団は、セミプロ級の人がアルバイトでやっています。結婚式と披露宴で見事に生演奏と生で歌ってくれました。

招待状は、印刷屋へ行って見本を見せてもらいました。その見本を元に、どのメッセージを書くかを決めます。後見人や結婚式のベストマンやフラワーガールなどが決まらないと印刷できないので、後日印刷の依頼をします。

花嫁衣裳などは、衣装屋で注文をとりました。私はバロンタガログというフィリピンのスタイル。新婦はウェディングドレスです。後で知ったのですが、フィリピンでは新婦はウェディングドレスを作るそうです。一生に一度だけ着るものとして作ってもらい、結婚式に着て、後はそれを大事にしまうそうです。服の貸し借りがよくあるフィリピンでも、姉妹や親族にも貸したりはしないとか。日本ではレンタルが当たり前だと思っていたので、フィリピンでもレンタルだと決め付けていました。結婚式後、それを知って妻に尋ねたところ、!!!!。12年後の今でも、妻はそれを少し恨んでいます。「どうせ、あのときお金がなかったんでしょうって」

結婚式や披露宴で使う小物は、デパートに行くと売っていました。

最後に後見人です。
本来は私が自分の後見人を3人探さないといけません。日本から連れてくることはできないので、妻の知り合いの人から3人の男性を選んでもらいました。妻側も3人の女性で、計6人です。一人一人自宅を訪ねて、後見人のお願いに行きます。そのたびに、英語で挨拶をします。「お前は何している?どこで出合った?」何度も何度も質問攻めです。

これだけの準備だけでも、ほんとに10日間ぐらいかかりました。
ここのボホールでは電話が少ないので、電話で在宅かどうか確認するというわけにもいかず、とりあえず行ってみる。留守だったら出直すという感じで、時間がかかります。

次は、結婚のセミナーです。

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