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2005 年 6 月 のアーカイブ

旦那と別れたくなることがあるけれど、、、

2005 年 6 月 29 日 コメントはありません

私の話だけでは問題があるので、おそらく妻のはこう言いたいだろう。
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ガマイ、ほんと肝っ玉の小さい男、何でこんな男を好きになったんだろう。子ど
ももいるから、しかたない。

もう結婚する前は、日本へ行って素敵な男と一緒に薔薇色の人生を描けるかと
思っていたのに、全然的外れ。

夫の最初に住んでいるところへ行ったら、汚いアパートで風呂はないし、ろくな
ものを食べさせてくれない。日本の食事は、なまぐさいものだったり、べとべと
したものだったり、マクドナルドぐらいしか食べるものはない。もう、コーラ?
だけでもいいかと思った。

結婚前は素敵な旦那さまだと思っていたのに、ケチで怒りっぽく、何でかっと怒
るんだろう。私みたいな20台前半の女の子に、なんでお父さんみたいに口をきく
の。お父さんですら叩かれたことないのに、何で偉そうに叩くのよ。許せないわ。

やっと学生が終わって、仕事についたと思ったら、何も家の仕事は手伝わない。
休みの日ぐらい、一緒に家族で過ごそうと思っているのに、本を読んだりゲーム
をしたり、寝てばっかり。こんなの結婚じゃないわ。子どもがいなかったら、離
婚した方がいいくらい。

名古屋で仕事をしたら、夜10時過ぎても帰ってこない。こんなのフィリピンでは
ありえないわ。夕食は家族で一緒に取るものでしょ。夫は仕事仕事っていうけれ
ど、そんなに仕事したって家族と過ごせなければ意味がないじゃない。何のため
に結婚したの?この前なんて夜12時過ぎても帰ってこなかったので、チェーン
ロックして家から追い出したわ。夫はドンドンとドアを叩いて、「ほんとに仕事
で遅くなったんだから開けてくれ」っていうけれど、どこの世界に12時すぎまで
仕事をしている人なんているのよ。どうせ道草でも食っていたんでしょう。

やっと名古屋で仕事に落ち着いたとおもったら、仕事を辞めて移るし、そしてと
うとう東京へ行く始末。給料があがったからまだいいけれど、いったいいつに
なったら落ち着くことやら。忙しそうに、火曜日の朝早く東京へ向かって、金曜
日の夜帰ってきて、そして土曜日はずっと寝ている。日曜日はたまに、家族でど
こかへ連れて行ってくれる。

でもそんな生活していて、楽しいわけ?どうせ、不安定な会社で続かないんだか
ら、早くけりをつけたらどう。ほらみなさい、会社がつぶれそうになったんじゃ
ない。もう息子がいうこときかないんだから、あんたも父親としてちゃんと子ど
もの面倒見なさいよ。朝から晩まで主婦の仕事は忙しいんだから。あんたと違っ
て、土曜日も日曜日もないんだから。家でごろごろしているあんたと違って、休
みはないんだから。子どもぐらい、少しは面倒をみなさいよ。

ほらみなさい。東京の仕事を辞めて戻ってきたじゃない。
えっ、何?名古屋で独立したいんだって。
夢でも見ているんじゃない?そんな不安定な道へ家族を歩ませるなんてどうかし
ているんじゃない?

知多のアパートを売って、名古屋の賃貸へ引っ越すって?
そんな不安定な状態で、自分のアパート(分譲マンション)から出るわけにはい
かないじゃない。きちんと安定してから言ってよ。
安定する証をみせてみなさい。例えば、ポンと名古屋で4LDKの3000万くらいの分
譲マンションを買うとか。ローンなんて、借金に負われる生活なんて嫌だからねぇ。

そりゃ、子どもの部屋は狭いけれど、路頭に迷う生活よりましじゃないの。

えっ、フィリピンにある家はどうして売らないのかって。あれは、もしあなたが
裏切ったときの私の逃げ場よ。こころのよりどころ、私の夢よ。

(知多に中古の自宅マンションを完済した後、妻の貯金と完済後の資金で、妻の
ためにフィリピンで土地を買って家を建てた。300万円だった。その家には、い
ま妻の妹家族が住んでいる。私はそんな家があっても、実際に住むのは先なので
もったいないじゃないといっても、妻は「私の夢だから」と言い張っています。
妻の笑顔を見たかったから援助したけれど、ちょっと後悔している。)

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ときどき妻と離婚したくなること

2005 年 6 月 29 日 コメントはありません

これから書くことは自分のわがままかもしれないけれど、妻と結婚しない方が良
かったのになぁと思うことがときどきある。

美しい女性でありいろいろと気遣っている女性と一緒になれて、そしてかわいい
2人の子どもと一緒に生活できて、いつもは妻に感謝している。

ただ自分のズボンの裾をがちっと踏んで、何かにつけて行動を押さえつけている
ところがある。それが結婚といえば、そうかもしれない。

ある程度の制限はあたりまえ。
その制限の中で、自分は動けばよいと思う。
だけど、制限の上で制限を重ねて、もう身動きができないのに、さあ動け、引っ
張れと言われたら辛い。少しは左の裾をはずしてくれないかと思う。

今を思い返せば11年半前、勢いで結婚してしまった。
大学院の学生のときは、貯金を切り崩し、奨学金をもらい、学費免除にしても
らって、さらにバイトをして、結婚しながらも学生生活を過ごした。
子どもができたとき、「おろせ」とはいえなかった。

そして修士課程を修了するとき、博士課程を進むのはできなかった。博士課程の
貧乏生活も妻子にとっては辛いし、博士をとってもその後の生活も不安だらけ
だ。そして東京のコンサルティング会社に戻るのも、妻は見知らぬ東京で生活す
るのは嫌だという。仕事は午前さま当たり前だから、確かに無理かもしれない。

その後、名古屋の職場で働き始めた。
悪い職場ではないが、自分の好きな仕事ではなかった。そこで4年過ごした。その後、チャンスがうまれて仕事を変えた。収入は1000万を超えたし、最初は東京と知多の毎週の往復だが、そのうち東京へ引っ越すという了解も妻から得た。

ところが、数ヶ月が過ぎてそろそろ引っ越そうという段階になって、妻は嫌だと
いう。「その会社は不安定だから。きちんとうまくいってから。」と。

そうか、上場してお金を掴めばいいのか。
よしがんばって、上場してお金持ちになろうと思った。

しかし残念ながら、会社はうまくいかず倒産寸前になった(今は復調しているが)。
「ほら、いったとおりじゃない」と妻はのたまう。

子どもが大きくなると、幼稚園や小学校のいろいろな配布物が配られるように
なった。すると週末に帰ってくる、私に全部読めという。それは仕方ないが、疲
れた身体に鞭を打って、読んだ。土曜日は疲れて寝ているか、本を読んでいる。
日曜日にはどこかへ家族を連れて行けという、それも仕方ない。

息子がADHDなので、幼稚園からコントロールが効かず、それで妻のストレスが高
まり、2年ほど前に爆発した。「私一人では、息子の面倒を見切れない。私は息
子を殺すかもしれない。」そういって、お風呂の曇りガラスを割った。娘も部屋
の大きな窓ガラスを割った。息子も1.8mの箪笥からジャンプして、別の部屋の大
きな窓ガラスを割った。ガラスが3枚立て続けに割れて、覚悟した。

社長に言って、家にいる時間を長くした。最初は1ヶ月に1週間だけ東京へ行き、
それ以外は自宅で仕事をする。そのうち隔週東京へ行くということになった。

だんだんと、社長と疎遠になった。
話がかみ合わなくなるし、決断も私の意を組まずに行うことが出てきた。

そして、断絶が決定的になって、辞める意思を伝えた。
それから1年間もしもの後任を探しながら、関係の修復ができるか、それとも辞
めるべきかどうか悩んだ。

そして辞めることにした。

家族のことが、辞める理由の半分はある。
私も家族に責任があるので、3/4は私自身の責任かもしれない。
そして、誰の原因でもない仕方ないことかもしれないが、いくぶんかは妻にも責
任がないだろうか。

辞めたことは仕方ないので、次の道をさぐる。
名古屋で転職をするか、それとも独立するか。

いろいろな制限の中で、それを決断していかないといけない。
だけど、制限を緩めるところは緩めないと、良い決断ができないかと思うが、正
直参った。特に妻が不動産に拘るところはホントに。

まず住んでいる知多で仕事をすることは困難だ。家から30分で通えるところで、
仕事は種類も賃金も選べない。
名古屋駅あるいは栄近郊で、仕事をすればある程度やりやすい。しかし自宅から
は1時間ぐらいかかるし、仕事が遅くなれば家に帰るのは遅くなる可能性が高い。

一方、妻は学校関連のことは無理だ。日本語の読み書きができない。話したり聞
く事も制限がある。そのため、息子の件では直接私のところに電話が来る。何か
あれば私が出かける。息子が小学校に入学して、小学校へ通うこと、もう20回は
超えている。1週間に2回は行っているかもしれない。
連絡帳や小学校の文書は、すべて私が絡んでいる。それに、休日や子どもの塾の
送り迎いも何かにつけて私がやる羽目になる。そのため、自宅の仕事の半分は、
深夜静かな所でやる羽目になる。

ここまではいい。神さま。私がつい結婚してしまったのが悪うございます。
妻を大切にします。子どももきちんと大学を卒業させます。

せめて、仕事場の近くへ引越しさせてください。
東京とはいいません。名古屋の地下鉄の駅から歩いて10分ぐらいのところに。そ
うすれば30分から40分で帰れます。できれば職住近いところがいいのですが。
そして、子どもにもう少し広い部屋を与えてあげてください。今の60m2ぐらいの
家で、子ども2人に四畳半ではかわいそうです。そこに2段ベッドと机2つを並べ
ては。居間にはどんと古いソファがあるのですが、それを処分して箪笥などをた
くさん置けばよいと思うのですが、妻が日本式に畳のようなところに座るが嫌だ
とか、ソファがなるのは嫌だとか。

そして、賃貸のアパートに住むのは嫌だといっています。
名古屋近郊で4LDKのアパートを買うまでは引っ越さないと。すみません、キャッ
シュでどうやって買えばいいのでしょう。この知多に、相場500万円の中古マン
ションを買ったばっかりに、妻はそこから離れたがりません。賃貸はお金がなく
なったときに追い出されるから不安だとか。すみません金持ち父さん、家を所有
することはリスクが高いというをいくら説明しても、妻にはわかってもらえませ
ん。私はこの中古マンションを売って、名古屋近郊の賃貸に引っ越したいと思っ
ています、できれば部屋の1室を仕事場にしてそこでできるだけ家族の時間を共
有したいと思っています。

しかし、妻は「賃貸は嫌だ」というところから少しも進展しません。

神さま、どうすればいいのでしょうか?
思わず、家に火をつけたろうか、そしたら一歩前進するぞぉ、と。

ちなみに、妻は私が浮気すると「おちんちんを切って離婚する」ともいっていま
す。私はニューハーフ覚悟で、こちらに一歩前進してもいいでしょうか。

はぁー、いいたいこと書いたから、少しはすっとした。
明朝、不動産の第2戦が待っています。

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息子よ、やってくれるぜぇADHD

2005 年 6 月 28 日 コメントはありません

今日は小学校のプール開きで、1年生の息子はプールの授業だった。
担任の先生から、「プールのときは学校に来て欲しい」と電話があった。

妻は電話をとったのだが、「歯医者なのでおとうさんがいきます」と本来なら
「私は所用があるので、夫がいけるかどうか確認して、可能ならば行くようにし
ます。」と言って欲しかった。土日の勉強の疲れと、夜の開発の仕事の疲れが
あったのだ。

しかたなく、着替えて小学校へ行く。
他のお母さんも後から来ていたので、「危険分子」の子どものお母さんは招集が
かかったようだ。

息子はプールではしゃいでいた。先生がみていようとみていないと騒ぐ。
まあ、でもいつものことかなぁと思っていただけだった。そしてプールの授業が
終わると、家に戻って仕事を始めた。開発の仕事は架橋に入って、細かい調整
だ。結局まるまる1ヶ月かかったかなぁ。

そして、3時頃息子が帰ってきて、連絡帳と先週のレポートを見て唖然。
( °◇ °)あぜん・・・
( °◇ °)あぜん・・・
( °◇ °)あぜん・・・

先月末に小児科の相談外来にかかって、ADHDを抑える薬リタリンを隔週でテスト
的に投与している。今週は比較するために、なしだ。

先生からの手紙には、「朝の食事後に投与、そして可能ならば効き目がなくなる
3時限の終わりに投与して欲しい」とのこと。さらに保険の先生からは「息子が
薬を投与しない日は毎日のように息子にたたかれた、けられたという子どもが保
健室にやってくる。薬の日はまったくそのことがない。」とか。

なお、私が小学校で息子を見ているときは、息子は私を怖くて控えめだそうだ。
「えぇっ、あれで」。私のいないときはどうなるんだろう!?

リタリンを投与すると、食欲がなくなって、眠そうで、おとなしくなるんだ
が、、、、それがかわいそうにみえるぐらいだ。親から見ると、普通の子どもだ
けどなぁ。
また妻がいじめられないように「叩かれたら、叩き返せ」と教育しているので、
普通の子どもならともかくそれが悪化させているのかもしれない。最近はちょっ
と言いすぎなたかもしれないので、「同じぐらいの力にしとけよ」と言っている。
決していじめっ子ではないのだが、ブレーキのかからないエンジンのようなもの
で、他の子どもが触ると怪我をするようなところはある。

子どもで悩むパパでした

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