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2005 年 3 月 のアーカイブ

はじめての職安

2005 年 3 月 31 日 コメントはありません

はじめて職安へ行ってきた。

1/31付けで退職したのだが、郵便で離職票を受け取ったりで時間がかかって、1週間後の本日職安へ行ってきました。ハローワークという呼び方は、英語としてなんか引っかかる。

39歳にして初めてです。
一度だけ職安に行く機会があったのだが、会社を休職して大学院へ通った後に退職したときかな。

ところが大学院の間は休職していてその間は給与が0。離職票をもらって失業保険の給付をもらっても、事前6ヶ月の給与は0。つまり失業保険の対象にならないから、職安にいかんかった。最低給付金額でも対象になったのかな?

結局そのときは、知り合いから紹介してもらって、名古屋の会社の就職しました。その後の転職したことがあったが、仕事が先に見つかっていたから結局職安に行く必要がありませんでした。

知多市に住んでいるから職安は半田市になる。半田高校に通っていたから、職安の近くの土地カンはあるのですぐにわかった。ここは車がないと移動が大変なので、当然車で行く。車で行くといつも気になるのが、「駐車場があるかな?」

職安は混むと聞いていた。11時頃に到着するようにずらして行ったら、待ち時間は5分くらいで拍子抜けした。会社から送ってもらった離職票と、写真、印鑑、通帳と運転免許証を持参する必要がある。写真は、3cm×2.5cmと小さいがパスポート写真と一緒にとった小さい写真があったのでそれを使った。ちょっと大きいが大丈夫みたいだ。

通帳は失業保険を振り込んでもらう口座のためだが、なぜか外資系銀行とインターネット銀行はダメだ。うーん、通帳のないCitiBankとインターネット銀行ばかり利用しているので、地元の幼稚園とマンションの管理組合指定の銀行の口座を使うことにした。
なんで外資系銀行とインターネット銀行はだめなんだろうか?

受付に離職票などを渡したら、職務経歴書みたいなものを書けと用紙を渡された。自己アピールと希望年収などを書くところだ。まじめに書いたら15分ぐらいかかった。

それを1階の別の担当に渡して、自分の名前が呼ばれるのを待つ。すぐに呼ばれて、就職したいという気持ちがあるかどうかを確認されて、雇用保険の説明会に出席するように言われた。その他、今後のスケジュールについて説明があった。

自己都合退職なので、3ヶ月の猶予期間があって失業保険がもらえるのはそれからだ。3ヵ月後に職安が指定した日にちゃんと、職安に来ないと失業保険はもらえない。病気や会社の面接があっていけない場合は、きちんとそれを証明しなくてはいけないようだ。その証明書のサンプルも、「受給資格者のしおり」という小冊子をもらったが、その巻末にのっている。

失業保険の手当ては、失業前の直前6ヶ月の合計金額を180で割った額が、賃金日額とされる。これが約12000円を超えると給付額は50%となり、さらにその上限が決まっている。私の場合は上限値で¨劫になったし、女房とも日本語ばっかりだから600点もとれないかもしれない。

このように自己評価するのは、最近まで自分が採用側についていたからかもしれない。職務経歴書を見たとき、それが即戦力になるかどうか、潜在能力があるかどうか、というのを斜めに判断していた。実際は、1ヶ月ぐらい一緒に仕事をしないとわからないと感じた。

職務経歴書は主観でかかれているので、資格などではよくわからないところがある。素養があるかどうかしかわからない。能力があれば歓迎だが、対人能力や素直なところなど社会的能力もかなり重視する。

ということを考えながら、職安にコンピュータールームがある。そこには50台以上パソコンが並んでいて、タッチパネルで操作する。係の人に、「ハローワークカード」をみせると、30分間仕事のデータベースを見ることができる。
印刷も求人カード5枚までOKだ。
全文検索があればいいのにと思ったのは、私だけだろうか。

40歳近くになっての就職先は厳しいと聞いていたが、SE、プログラマーはまだなんとかなるようだ。とはいっても、80%ぐらいは派遣みたいだ。

一つの求人を、20社ぐらいの派遣会社が紹介している。
これはひどいな。
派遣会社というのは比較的簡単に開業できるのか。
実は大学院時代にアルバイトとして派遣会社の内部に少し関わったのだが、派遣会社は派遣社員に教育をする義務があるのだが実際はやっていないところが多い。あったとしても簡単なOA操作程度で、派遣社員の経験に頼っている。

派遣会社は上前をはねるだけの機関に成り下がっているが、もうちょっと派遣会社の営業も顧客の会社と派遣社員の相性や能力のすりあわせができればいいのになと思ったことがある。

派遣会社の営業は、実際に派遣社員がどんな仕事をするのかよくわかっていないことが多いからだ。

でも中にはこれはと思った会社もあったので、試しに明日トライしてみよう。
(いちおー就職予定。どうしてもだめだったら自分で仕事するしかないということなので)

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会社の面接と自分の方向性

2005 年 3 月 31 日 コメントはありません

ふと昨日の職安で気になった会社へ、朝電話してみた。

職安に募集のかかる仕事はほとんど派遣業務のようで、普通の会社が社員を募集するという仕事はほとんどない。こういうのは江戸時代の口入屋とたいして変わらない。

数少ないが、普通の募集をしている会社もある。ただリクナビなどの仕事の斡旋をしてくれるところの方が、もっと条件の良いところがたくさんあるかもしれないが。

その中でソフトウェア製品を法人向けに提供している会社があった。年齢制限を儲けていないこと、報酬は年俸で最高1000万を超えている。どんな会社だろうかという興味が湧いた。

正直フリーになると宣言したものの、先行きに不安が走る。地元の名古屋を舞台にして仕事をやっていくことや、自分の能力が市場で受け入れられるかどうか。人脈も資金もぜんぜんないので、どこから手をつけていいものかわからない。うまくいかないことがあれば、自分をどう対応させていけばいいのかもわからない。いろいろなことを考えていたら、自分がどうすればいいのあかわからなかった。

名古屋のこの会社に面接にいったところ、純粋にプログラマーかSEを求めているようだった。業種はオンライン地図をさまざまな顧客に専用地図をカスタマイズして提供しているところだ。勤めていた地図会社からスピンアウトした人と、不動産鑑定士をされている方が共同で起業したようだ。

面接では好印象を持ってもらえた。ただ、入社したことで会社に与える影響を考慮しなくてはならない。本人が与える利益と支払う賃金のバランス、それが業態にとってどのような予測があるか、あるいは集団の一員としてどのような結果を与えるかということも考慮する必要がある。

年齢を重ねるということは頭が固くなり柔軟性がなくなるということもあるが、他の社員に対して経験という威圧感を与えることもある。若い人であれば社会常識があって悪影響を与えなければ、報酬は少ないのでなんとかなるというところもあるだろう。

私が経験したマネジメントのことや、新しい起業アイディアのことなどを話して、好印象を得たようだった。起業マインドを持ってしまったので、単に上から言われたことだけをやるタイプではないということを伝えたので、果たして吉と出るか凶と出るか。

就職というのは自分の身体を会社にレンタルするようなものだから、本当は半分くらいを捧げて、残り半分は自分で新しいことにトライしたい。ただし起業アイディアはいろいろとあるのだが、それがビジネスとして成立するかどうかはまだ自信がない。というより、結果を出していない。

いまだフリーやっていけるかどうか、自信が持てないでいる。

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【本】「レクサス」が一番になった理由(わけ)

2005 年 3 月 31 日 コメントはありません

ボブ・スリーヴァ著
小学館
ISBN4-09-341091-7

トヨタ自動車の「レクサス」がなぜアメリカで成功したかということを、詳細に分析している。マーケッティングの実践例としてはとてもわかりやすい本である。

トヨタ自動車の「レクサス」というブランドでアメリカで販売されているものが売れている。「レクサス」は、日本では、セルシオ、ウィンダム、アリスト、ソアラ、アルテッツア、ランドクルーザー、ランドクルーザー・シグナス、ハリアーというブランド群に相当する。

旧来のトヨタのカローラ、クラウンなどというブランドではなく、顧客層を
控えめなリッチな層にあわせたものである。この顧客層は、ベンツやアウディなどの層とぶつかる。

アメリカでは、日本車といえば性能は良いがデザインやブランドに弱いというブランドイメージがある。またアメリカ人の大半は今でもアメリカ車を乗り回す。レクサスのブランド群全体の売上は、フォードの1トラックに及ばない。日本車や欧州車に乗るのは、他の人とは違う個性を強調するためでもある。

そのため、「トヨタ」という旧来のブランドを強調せずに、「レクサス」というブランドにする決断を豊田英二元会長が行った。新しいブランドを作る準備のため、社運をかけて現状のベンツなどのブランド分析、新型車の研究などに時間と資金を投入した。

レクサスの新しいブランドは、上述の控えめなリッチな層の要望にぴったりとあった。そして、その評判はその層の上下左右へじわじわと広がり、「レクサス」というブランドはいまは押しも押されぬブランドに定着した。「レクサス=高級車で性能がよい、デザインも悪くない」という常識となった。

日本のもの作りのすばらしさも良いが、現地で販売するアメリカ人の販売戦略が見事に結びついて成功した、良い事例である。このレクサスの成功こそが、トヨタを世界No.2まで上り詰めた理由でもあるだろう。

・ブランドとは

トヨタ自動車がバブル期にマネーゲームをせずに、こうしてアメリカ戦略への研究・開発をしてきたことは注目に値する。トヨタ自身の欠点を把握した上で、良い点にみがきをかけ、新しいブランド構築に成功した。

私はマーケッティングについては素人であるが、知人の影響もあって「ブランド」に関する勉強をしている。「ブランド」というものが少しわかりかけている。

テレビや雑誌などに出てくる「ブランド」といえば高級ブティックとその商品のイメージしかなかった。

・良い商品だけど、とても高い
・身に付ければ「私はお金を持っているんだぞ」とアピールできる
・商品についての歴史や主張などを知らなくても、ものがよければよい
・そのブランドを持たないと恥ずかしいという(ルイ・ヴィトン)
・原価からかけはなれている
・日本では庶民が無理をして買っている

だがブランドは高級品だけとはかぎらない。ポテトチップスといえば、カルビーの商品を買ってしまうし、自動販売機でもいつものコーヒーやジュースを買ってしまう。ついつい、いつもの商品に手が届いてしまう。忙しいときなど、同じ商品を買ってしまうものだ。外食するときのレストランや居酒屋も、なじみのところへ行くことが多い。

ブランドとは、脳への刷り込みではないだろうか?

人間の知能や記憶には限りがある。スーパーマーケットで商品を購入するときに、最適な選択肢を計算するわけではない。
「スーパーAの特売は、豚の合挽肉100g98円、鳥の手羽5本で180円、にんじん5本100円…、スーパーBはの特売は云々などの外部情報と、昨日は焼肉だったので避けたい、夫が出張で夕食は取らない。スーパーAとスーパーBは遠いのでどちらか一方だけに行くことにしたいなどの条件」
以上の情報と条件はもっとたくさんあると思う。そういったたくさんの情報と条件から、本日の最適な選択肢を計算する。最適というのも、時間なのか費用なのか、そのバランスなのか。そういったことが瞬時にできるわけではない。

また情報については細部まで知らされていない。情報としてあっても分析することにも限界がある。化粧品の成分表示は詳しくのっているが、自分の肌に最適なものを計算して選ぶわけではない。
これまで資生堂をつかっていて、決して悪くないからなんとなく使いつづけているということだ。

世の中には、同様の商品が日本にたくさんあるし、世界には無数の商品がある。日本の資生堂のアジアンというブランドが売れても、他にもっと安くてよい商品がある可能性がある。ただ、その商品を知る機会がない。たくさんの埋もれている商品の中から発掘することができない。無名な商品では売れないので、供給量が少なく、結局一度手に入れることができたとしても、2つ目は手に入れることができないかもしれない。

ブランドというのは、「化粧品ならばアジアン」「おなか空いた時はポテトチップス、ポテトチップスならばカルビー」というように、人々の脳の中へ刷り込むこと。そして刷り込んだ情報が消えないように、商品を流通させて目に触れつづけるということである。

値段が高くさほど売れない、高級車や高級時計、高級衣料ならば、商品量に限りがあるので、テレビや雑誌などに露出する機会を多くして、ステータスというブランドイメージというのを展開する。

それぞれのジャンルがもつブランド戦略というのは異なるが、「ブランド」の社会科学的な性質はこの歳になってはじめて腑に落ちた気がする。

そうなれば、「ブランド」について、社会心理学と認知心理学的に深く分析すれば、ブランド戦略的に再発見が生まれるかもしれない。

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