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2004 年 12 月 のアーカイブ

がなりさんのBLOG

2004 年 12 月 29 日 コメントはありません

高橋がなりさんという人がいる。
「マネーの虎」に出ていたのですが、独特のはなし方をする人で、いっぺ
んで彼のファンになりました。

彼がいうことは、天邪鬼のようなことも多かったんだけど、彼の発する言
葉を一度口の中に入れ何度も歯で噛むと、昆布のように味わいのする言葉
でした。それだけ、自分の経験を凝縮した言葉で語っているようなところ
がありました。

経営理論や論説はおいといて、彼自身が失敗してきたこと成功したことか
ら何か感じて欲しいということを伝えているように思います。

彼が読者の人生相談に対して真っ向から答えるというBLOGを見つけました。

http://blog.livedoor.jp/sod/

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ピピ島の安否

2004 年 12 月 29 日 コメントはありません

この度のスマトラ島沖地震で亡くなった人たちに哀悼の意をささげます。

いつも報道では、日本人の安否ばかりが報道される。それよりもスリラン
カの1万人の死者・行方不明者を筆頭に、インドや他の国でも多くの死者
・行方不明者が出ているし、そしてその身内・親戚の人たちが不幸なのに、
残念ながら数字しか出てこない。

私はスリランカにもインドの南部もインドネシアへも行ったことがないか
ら、ドンと心に響かない。しかし、今回日本人の男の子一人が残ったピピ
島には2回行ったことがある。1988年3月と1990年5月である。

1988年頃は、ピピ島にホテルができ始めたときで、プチ秘境であった。島
はとても小さいので、100人も泊まれなかったと思う。私も最初行ったと
きは、ホテルが用意してくれたテントで1晩過ごし、2晩目はやっとコテー
ジに泊まることができた。安宿なので、1晩100バーツ(当時400円)ぐら
いだったと思う。島は海産物以外はないので、全てクラビという対岸の港
から食料や日用品が運ばれていたと思う。

この島には特に遊ぶところもなく、小さな船に乗って島を一周するツアー
に1日参加したら、あとはぶらりぶらりと島を散策することしかない。だ
から、言葉はできなかったけれどホテルのオーナーの娘と言葉にならない
言葉で話していた。

ホテルといってもバンガローが10ぐらいで、レストランもテーブルが5つ
しかない屋根がついているだけの小さなところである。バンガローにはベ
ッドがあるだけでシャワーもない。明かりは夜だけ島の発電機で灯してい
た。

ピピ島のほぼ真中にあり、海に面していないので、泊まるのはバックパッ
カーばかりであった。家族経営のホテルで両親と2人の娘。長女は推定20
歳、次女は19歳だけど既に結婚していて6ヶ月の赤ちゃんがいた。この2人
の娘がホテルのフロントとレストランのウェイトレスの仕事をしていた。
片言の英語を話していたが、深い会話ができなかった。だけど、1988年の
ときは1週間同じところで宿泊していたので、仲良くなった。
少しであるが、マレー系の女性に引かれるものがあった。言葉が通じれば
深い関係になっていたかもしれない。

2回目は、就職直前にオーストラリアへ行って、帰りに寄ったときである。
オーストラリアへは当初3ヶ月旅行するつもりだったが、最初の1ヶ月でダ
イビングのライセンスを取った後は、飽きてしまった。
見るべきものは自然しかないし、単調な旅の連続だったからである。
オーストラリアは2ヶ月で切り上げて、残りをかつての地上の楽園と思っ
た、ピピ島へ行くことにした。

一旦香港へ行き、ダイビングギアを購入して、タイへ飛んだ。ピピ島だけ
いくつもりだった。そしてピピ島へ行って、同じホテルに泊まった。少し
ホテルやレストランが増え、そして観光客向けのお店が増えていた。
だけど2年前に来たホテルは変わっていなかった。次女の赤ちゃんはヨチ
ヨチ歩きができるようになり、そしてもう一人赤ちゃんがいた。長女は何
も変わっていなかった。英語で少し話すと、彼女は私のことをまた覚えて
いた。結婚の話があったが壊れてしまったと言っていた。

なぜか2年前にあったほのかな気持ちが薄れていた。いま思えば、肝心な
ところで言葉が通じなかったからかもしれない。それとも、東京で就職し
て自分の生活が変わるけれど、このピピは別の方向に変わっていたからか
もしれない。もう私には地上の楽園には思えなかった。

このピピでは、オーストラリアでインストラクター資格をとったタイ人の
若者がダイビングショップを始めていた。私は彼の案内で、ピピ島で5回
ほどダイビングをした。その中にはナイトダイブも1回ある。
残念ながら、ピピ島は珊瑚礁でできた島でサンゴがすべて浅いところにあ
り、10m以下のところには何もなかったと思う。2年前にシュノーケリング
したときはすばらしかったが、ダイビングするほどではなかった。ドロッ
プオフや回遊魚がいたら、もっとおもしろかったと思う。

私にとってピピは、地上の楽園だった。そして楽園の記憶もいくつか残っ
ている。ホテルの娘たち、ダイビングショップの若者、ダイビングのとき
にウニに刺された刺を、レモンかけて抜いてくれたお店のお姉さん。14年
ぐらい前のことで、もう住んでいないかもしれないが、彼らの安否が心配
である。

ほとんどの日本人には、同じ日本人の人たちの安否が気になるかもしれな
いが、同じ人間として数字だけですまされるものではない。せめてインター
ネットのWebで一人一人写真付きで紹介できないかと思う。
特に自分の人生の中で多少とも関わった人たちが、そこに含まれるかどう
か気になっている。

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株のはなし2

2004 年 12 月 29 日 コメントはありません

現在投資をしている会社は3社だ。

自分なりに考えたけど、うまくいくかどうかはわからない。
これを見ている人が、追加投資をしてくれると、株価はあがるので歓迎で
す。

ナムコ
取得価格 1,434 株数 2,000 現在 1,323

この会社は業務用ゲームや家庭用ゲームとしては、第一人者と思う。
痴呆防止のための老人用ゲームを開発したり、「太鼓の達人」や「塊魂」
のような発想がすぐれていて、低予算のゲームを開発している。
一方で、イタリアントマトの経営は長く、最近は「ラーメン街道」な
どの地方の産業を活性化させるようなプランニングも熱い。

アイオーデータ
取得価格 1,292 株数 1,000 現在 838

パソコン周辺機器メーカーは散々の売上だが、家庭用デジタル家電を
開発して伸 びるのではないかと思った。
でも見通しは甘かった。35%もの損失。
救いは、デリバティブによる損失をきちんと負債として、なおかつ負
債の額が減っていることであろうか。決して業務実績はよくないが、財
務的には良くなっていると思う。

ヤマハ
取得価格 1,530 株数 500 現在 1,549

簡易な5.1chスピーカーが良かったので、買った。
複雑なスピーカー配置せず、テレビの下に置くだけで立体音響が楽し
める。テレビも大型のものが普及してきたので、次は自宅を映画館化す
ること。そのためには立体音響が必須だと思い、この会社の特許が成功
するのではと思った。現在20万円強だが、数万円まで下がったり、大型
テレビで標準化されるのではと思った。
どうなるかなぁ?

今はさておき、半年後どうなるか待って欲しい。

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